2014年11月24日

個人化(personalization)

自分のせいだと思い込む

 認知行動療法では、自分自身の非現実的な思い込みに気づき、それを修正していくことを目指します。非現実的な思い込みにはいくつか典型的なものがありますが、今回はその中の「個人化(personalization)」を取り上げてみたいと思います。「個人化」とは、「自己関連づけ」とも言われ、他者の否定的なふるまいをすべて自分のせいだと思い込むことを言います。

「相手の気分を自分のせいにしていませんか」

 たとえば、家族やパートナーの機嫌が悪いとき、皆さんはどんなふうに考えるでしょうか。「私が何かしたのだろうか」と不安になり「きっと、私のあのときの態度が良くなかったのだ」と考え「だから私のせいだ」と思ったことが誰でも一度はあるはずです。

 実際、他者の不機嫌が自分と関係していることもあるでしょう。でも、まったく関係がないことも実は多いものです。たとえば、学校や職場で嫌なことがあったとか、大きなミスをしてしまって、その後始末をどうしたものかと悩んでいるとか。

 自分と関係のないことで相手が不機嫌になっているのに「私のせいだ」と思い込むのは、自分自身に対する攻撃です。私たちは、何かにつけ自分を攻撃しようとします。それは、誰の心の中にも「受け入れたくない自分」がいるからではないでしょうか。自分で自分を攻撃することで、自分の嫌いな部分をないものにしようとするのかもしれません。   

 また、相手が不機嫌な態度でもって自分を責めているように感じる、つまり相手が自分を攻撃しているように感じられることもあるでしょう。それは、前述のように思い込みの場合もあれば、実際、相手が意図的にそのように振る舞っていることもあります。でも、相手の不機嫌の原因が自分に関係があってもなくても、その気分自体を生じさせているのは相手自身なのですから、それは相手の問題です。いくら相手から不機嫌の責任を取れ、と言われたところで、私たちにはどうすることもできません。その人の感情をコントロールできるのはその人自身だけです。でも、私たちは、何故か相手の感情に対して責任を取ろうとするところがあります。それはもしかしたら、誰でも他者を自分の思い通りに動かしたい、動かすことができるという万能的な空想を抱いているからなのかもしれません。
 
 身近な人あるいは自分に関係のある他者の不機嫌な表情や気持ちの沈んだ表情は、私たちを不安にさせます。それは、他者を思い通りに動かすことができるという万能的な空想とは裏腹に、誰も自分の思い通りにはならないことがわかっているからでしょう。自分の思い通りにはならない、予測できないことは人を不安にさせます。他者を思い通りに動かすなんて非現実的だとわかっていながら、人は自身の不安を軽減させるために自分の努力次第で相手の気分を変えることができるはずだ、と思い込もうとするのです。
posted by MSCOスタッフ at 22:50| カウンセリング・キーワード

2014年11月02日

仕事に行き詰ったときに考えたいこと

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 仕事に行き詰まりを感じるときはありませんか。当たり前のように日々の仕事をこなして・・・とか、ただただ忙しさに追われて・・・など自分のやっていることがよくわからなくなることがあるかもしれません。そんなときに振り返っていただきたいのが、自分が「その仕事の何に魅力を感じてやっているのか?」ということです。一口で仕事と言っても、様々な仕事内容を複数こなしていることが多いかと思うのですが、どういうところに充実感を持てるか?その仕事の醍醐味は?という問いを自分に向けてみると、何かに気づくかもしれません。

 例えば、同じ「流通業・小売り業」という職業をしていても、売上をあげるために工夫をすることを仕事の面白み、と感じる人がいる一方で、お客様が欲しいものを買うことができ、笑顔で帰る姿を見ると、この仕事をしていてよかった・・・と思う人など、業種は同じでも、人によって仕事のどの部分にやりがいを感じるか、モチベーションがあがるか、というところは違ってきます。

 日常の業務をこなしていく中で、疲れやむなしさを感じたときは、自分が本来、充実感を持てる仕事がやれていないのかもしれません。接客をした方が充実感を得られやすいのに、販売に伴う発注業務で、事務作業が続いていたり・・・という状況が続くと、疲れや虚しさを感じやすくなります。または、本来の仕事というよりも、人間関係のごたごたに翻弄されていることもあるかもしれません。こういうときは、やりがいどころか仕事のモチベーションもあがらないでしょう。

 もちろん、仕事なので、好きなことばかりをするわけにもいかないのは現実なのですが、自分が充実感、満足感を得られるポイントを日頃から認識していると、意図せず色々な業務、事柄に巻き込まれたり、やらざるをえなかったりしても、軌道修正しやすくなり、自分が最も充実できる状況を、自分で作ってあげやすくなります。

これは、どんな仕事をしたらいいのか、何をしたらいいのか、などわからない人にとっても、これまでの人生で、どういうことをすると気分があがったか、充実感をもてたか、など振り返ってみると、おのずと自分に合う仕事が見えてくるかもしれません。

 このような作業は、自分自身を振り返って見つめるとわかってくることではありますが、自分のことは案外わかりづらいものなので、家族、友人、同僚や上司と話をしてみたり、カウンセリングなどを利用して、自分を振り返ったり、見つめ直したりすることも方法の1つです。
posted by MSCOスタッフ at 22:35| セルフメンタルケアのコツ

2014年10月09日

架空ケース:「周囲の目が気になり、自分にダメだししてしまう」

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<架空のケースを元に、実際に起こりがちな悩みとカウンセリングのアプローチを紹介しています>
 (2016.8.31 「周囲の人の目を気にしてたり人と比べて、自分にダメだしばかりしてしまう。」より改題・改稿)

 オフィスワークをしているAさん(30代 公務員 女性)。

 彼女は周囲に溶け込んで仲良くすることを大事に仕事をしていました。次第に上司からも信頼されるようになって、ひとりで任されることも増えてきてきました。しかしそうするうちに、周りの人の目がとても気になるようになってきました。
 そんな中で、頼ってくれる後輩は明るくていい子。他の人ともうまく付き合って、どんどん仕事を覚え、楽しそうにしています。そんな後輩が悪いわけでもないのに、顔を合わせると「ダメな自分より出来る子」に感じられて、なんだかイライラしてしまいます。そしてそう感じてしまうことがイヤになって自分にダメだしして落ち込んでしまいます。

悩みの構造
 周囲に溶け込もうとすることは協調性の表れですし、人間関係を温和なものにして安心して過ごせる居場所を作ります。反面、人に溶け込むうちに、合わせることが当たり前になり過ぎて、自分がわからなくなってしまうこともあります。Aさんが大事にしていたことには良い面と悪い面があるわけです。

 Aさんは、人に合わせるうちに信頼されるようになっています。これは自信につながってもいます。でも、いざひとりで任された仕事で自分の力を発揮しようとすると、溶け込むばかりではいられません。そうなると、どう振舞ったらいいのかわからない。 「合わせることに気を使う」⇒「周囲の目が気になる」という形に展開してきたようです。

 Aさんの「周囲の目が気になる」という悩みは、これまで自分にとって良い面になっていた「合わせること」から生まれているようです。そこに気付くことで、自分の悩みの構造を知ることになります。

 そして、先輩である自分に頼って周囲の人と楽しく付き合っている後輩は、自分が仕事を任せられる“成長”によって、なくなってしまった“妹”キャラクターをしているようで、自分の“席”を奪われたような気がするものかもしれません。そうすると、後輩と顔を合わせると、自分の居場所がなくなったような不安を感じることになってしまうのです。

こころのパターンのリフォーム
 Aさんは、周りに上手に溶け込んでいるのが良い人間関係だと思っていました。そうしないと職場で居場所がなくなる、周囲の人に嫌われてしまうと思っていたようです。

 カウンセリングでは、本人にとっては当たり前のことでも、そう思うようになった理由や経験があるのではないか、と注目します。例えば、Aさんは小学校でクラスでの流行にのらなかったことやちょっとした自己主張が、からかいの的になってしまってつらい思いをしたことがあるとか。その経験が、それから後のAさんの友達作りを変えて行ったかもしれません。

 意識しているわけではないのですがこころのどこかに理由や経験があって、いつの間にか自分の振舞いのパターンになっていること。それが、無意識に自由なはずの振舞いをしばっていることがよくあります。そしてそれは、何かのきっかけで悩みになってしまうことが多いのです。

 カウンセリングでは、そのパターンを抽出して組み直し、過去からのパターンを今の自分にあわせてリフォームしようと、話し合っていきます。
posted by MSCOスタッフ at 18:47| 架空ケース

2014年08月11日

自分を見つめる

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 私は小学校のスクールカウンセラーをしています。休み時間や相談の約束が入っているときは相談室にいるのですが、授業中は、教室に行って授業を受けている子どもたちの様子を見に行くという時間が結構多いのです。

 低学年(1、2年生)の多くは無邪気に迎え入れてくれます。しかし4年生くらいから、子どもたちの多くは、スクールカウンセラーが教室に入るや否や警戒の視線を向けてくるようになります。赴任したばかりの学校でも、すでに十分周知されている場合でも、それはあまり変わらないように思います。その視線は「私の何を見にきたの?」と詰問しているかのようです。

 4年生、10歳頃というのは、他者からの視線や評価に敏感になり始める年頃でもあります。それは、ちょうど自分というものへの意識(自己意識)が変化する時期でもあるからです。
自己意識は、自分が自分として主体的に生きていくためにとても大切なものです。10歳頃になると、自分について様々な側面から考えられるようになります。身体的な特徴や所有物といった『外面的』な特徴だけでなく、性格や対人関係の持ち方、過去と現在の比較など『内面的』な特性からも自分について語るようになっていきます。

 自分というものについて様々な側面から眺めるというのは、「自分を対象化すること」でもあります。自分を対象化して見ることを始めるこの時期は特に、否定的な側面が強調されて見えるようです。ちょうど中学生が、長い時間鏡とにらめっこして髪型を気にしているように。彼らには、髪の毛のほんのちょっとのハネも、居ても立っても居られない大きな問題のように感じられるのです。

 カウンセリングというのは、悩みや心の問題を通して、自分の心を対象化して眺める作業とも言えますが、自分の背中を自分で見ることが難しいように、自分の心を客観的に見るというのはなかなか難しいことです。それは、どうしても主観的なレンズを通して見ることになるからだろうと思います。髪の小さなハネが大問題のように感じられて仕方がないように、自分の心や、対人関係のあり方のある側面が強調されて見えてしまうことは自然に起こってきます。カウンセラーの役割というのは、主観的なレンズの色を中和するというか、主観的なレンズを通しては見えない視点を加えるというか、そんな風に言えるかもしれないと思うのです。

カウンセラーから見えてきたものと、自分の心を対象化して眺めてみたものとを、立体化させて、そこで新たに何が見えてくるのかを探す作業の連続、それがカウンセリングとでも言えるかもしれません。そこで見出されるものは、100%客観的な自分というよりは、どこか馴染みはあるけれど新たに発見された自分、とでも言うようなものかもしれません。
posted by MSCOスタッフ at 18:16| オフィス外での活動

2014年06月17日

『遊び』の持つ意味

バーベキュー

 梅雨が続きますが、晴れた日には爽やかな風が吹き、外で過ごす時間が気持ちの良い季節になりました。
 本格的なアウトドアシーズンを前に、BBQセットを買おうとお店に行った時のことです。そこには2つのグリルが展示されていました。1つはしっかりとした作りで少々揺らしてもビクともしないもの、もう1つはやや華奢で、手で揺らしてみるとグラグラします。1つ目の物の方がしっかりしているからこっちが良いな、と思いながら、念のため店員さんにお勧めを聞いてみました。
 すると私の思いに反し、店員さんからはグラグラする方がお勧めとの返答。店員さん曰く、アスファルトのように平坦な地面に置くのであればしっかりした作りでも良いけれど、土や川原など様々な条件の地面に置くことを考えるのであれば「遊び」があった方が対応しやすいとのことでした。それを聞きいてなるほどと思い、グラグラする方を選ぶことにしました。

 「『遊び』があった方が、様々な条件に対応しやすい」
。買い物の帰り道にそのことを思い出していると、なんだか人生にも通じる話のように思えてきました。この場合の「遊び」というのは「余裕」や「ゆとり」と言い換えられるものです。
 「しっかり」していることは決して悪いことではありませんが、それは「硬さ」にもつながります。平坦な道が続けば良いですが、人生、時には石ころだらけになったり、ぬかるんで滑りやすい道を歩いて行かなければならない時もあります。柔軟性がなく、余裕がない状態で今を生きていると予想外のことが起きた時にうまく対応できません。遊びの要素や心の余裕を生活に上手にちりばめることで、少々の変化や試練にも柔軟に対応でき、折り合ったりかわしたりということができるのでしょう。

 同じ「遊び」でも、子どもの「遊び」は豊かな人生を進む上での基盤となります。遊びの中で子どもは、自分から進んで何かと向き合う主体性、様々な出来事に対して試行錯誤する力、自ら考えたことに辿りつこうとする力を育んでいると言われます。それらは先ほどの平たんではない道を進む力にもつながってくるように思います。
 誰に言われなくても葉っぱを熱心に集め、何としても両手に持とうと葉がこぼれ落ちては拾うことを繰り返すうちに洋服の裾をもって器にすることを思いつき、最後は地面に広げてお店屋さんごっこを始める…。そんな風に没頭して遊びこむ子どもの姿からは、大げさかもしれませんが、小さな身体から生まれる大きなエネルギーを感じます。

 これら余裕やゆとりとしての「遊び」、豊かな人生につながる「遊び」を日々の中で忘れずにいたいものです。
タグ:遊び
posted by MSCOスタッフ at 13:57| 心理エッセイ

2014年05月06日

援助職のためのハーブ&アロマテラピー講座 第2回

Aroma & Herb

〜女性の特有の困りごとへのセルフケア〜
○アロマテラピー
 女性にとって、生理前、また更年期など、気分や体調が不安定になるときに、女性のホルモンバランス、気分のバランスを整えるような精油を使って、香りのローション(化粧水)を作りました。

 女性のホルモンバランスを整えるクラリセージ、ゼラニウムの精油、気分のイライラ、落ち込みなどを改善し、幸福感、女性らしい気持ちをアップさせるフランキンセンスの精油などを使い、ベースにローズウォーター、オレンジフラワーウォーターを用いて各自、好きな香り、今の自分に必要な効能のある精油を使ってローションを作成しました。

 大人気だったのは、ローズウォーターをベースに、ゼラニウム、フランキンセンスの組み合わでした。フローラル系の香りで、幸せな気分になるような香りで、しかもお肌にとっても潤いを与え、しわ防止にも力を発揮してくれるブレンドです。参加者は、出来上がったローションをご自分でつけてみて、「いい香りだわ〜」とうっとりしたり、参加者同士で、お互いのローションを香ってみて、「全然香りのタイプが違いますね」など香りを堪能していました。
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○ハーブティー講座
 ハーブは、自律神経に働きかけたり、内分泌系に働きかけるなど、メディカルハーブの知識を教えていただきました。女性の月経痛、更年期の症状に働きかける5種のハーブの葉を見て香りを確かめたり、ハーブティーを試飲し、感想を参加者でシェアしました。

 月経痛を和らげるラズベリーリーフは、日本茶のようで飲みやすく、参加者に人気でした。更年期の症状などに効果的なセージ、アンジェリカ、ローズは、苦み、しぶみなどありましたが、他のハーブとブレンドして飲みやすくする工夫も教えてもらえました。

 また、「チンキ」と言って、ウォッカにハーブをつけこんで、それを数滴水などに薄めてのむ、という方法もあって、実際チェストベリーというハーブのチンキを水に薄めたものをいただきました。最後は、飲みやすいブレンドのお茶の紹介や、好きなハーブティーのお持ち帰りもでき、楽しんで選びました。

 新年度が始まり、様々な変化で疲れもたまりやすい時期は、ホルモンバランスや、自律神経のバランスも崩しやすくなるので、今回学んだことを参考に、体調を整えていきたいです。

※次回開催は「南新宿カウンセリングオフィスHP」でご案内いたします。

posted by MSCOスタッフ at 17:21| オフィスの活動

2014年04月25日

破局視(Catastrophizing)

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 うつや不安等のつらい心理症状を引き起こすもとになっている考え方を、認知行動療法では「認知の歪み」と捉えます。簡単に言えば「良くない思い込み」ということです。その「良くない思い込み」には、その人特有のものもありますが、誰でも抱きやすい典型的なものもいくつかあります。
 そのひとつに「破局視(catastrophizing)」があります「破局視」は、「運命の先読み(fortune telling)」とも言われ、他の可能性を考慮せずに未来を否定的に予言することをいいます。

 たとえば、みなさんは、こんなことを思ったことがありませんか。「元日の朝にこんなに嫌なことがあったのだから、今年は最悪な1年になるに違いない」あるいは「私にはあんな難しい事はできない.私には能力が無いんだ」など。

 現実的に考えれば、元日も他の日と同じ人生の中の1日に過ぎませんし、その日の朝に嫌なことがあったからといってその年が最悪になるという根拠は何もありません。また、何が「簡単なこと」で何が「難しいこと」なのかは個人差があり、自分が「簡単なこと」だと思っていても、他人にとっては「難しいこと」だったりします。

 何故私たちは、何の根拠もないのにそのように思い込んでしまうのでしょうか。それは、そうやって決めつけて思考を中断することによって、不安感や自己否定感などのもやもやとした嫌な感情と向き合わなくても済む「気がする」からです。また、否定的な結果を予測しておけば、うまくいかなかったときに気持ちが落ち込まずに済む「気がする」のです。

 しかし、実際には、行動を起こす以前に未来を決めつけているわけですから、自身の可能性を限定することになり、結果的にはさらに自己否定感や不安感を高め、逃げ場のない追い詰められた気持ちになってしまうでしょう。
 誰にとっても未来は不安なものです。それは、自分でコントロールすることができないからです。私たちは、破局的な未来予測であっても、決めつけることで未来を自身でコントロールできているという感覚を手に入れ、不安感から身を守ろうとするのです。

 「認知の歪み」とは、このように、もともとは自分自身を守るために行っているにもかかわらず逆効果を招いている考え方と言い換えることができるでしょう。「破局視」を手放して現実的な可能性を考えるということは、不安感に身をさらし、自身の限界を受け入れることです。それは、つらいことのように思えますが、実は自然に身を委ねることで自身を解放し、より現実的で確実な自信を手に入れることにつながります。
 認知行動療法とは、このように利用価値のない「非合理的な認知」を自覚し、自分を守るために有効な「合理的な認知」に置き換えていく作業なのです。
posted by MSCOスタッフ at 18:05| カウンセリング・キーワード

2014年03月24日

「雪かき」体験

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 2月は記録的な大雪で、関東ではかなり混乱がありました。私は辺鄙な地域に住んでいるので、普段は車で職場に向かうしか交通手段がないのですが、道も車も完全に埋もれてしまい、さらには近所の電線が切れて「ビビビビ・・・」とぶら下がっている等、ちょっと愕然とする風景でした。自然災害といっていいレベルだったと思いますが、東北の震災を思い出した方も多かったようで、カウンセリングの中でも「自分にとってどういう体験だったか」振り返る機会が多くありました。

 そこで興味深かったのは、学校・職場が急に休みになったりする非日常の中で行った「雪かき」が、とても印象的に体験されていたことでした。大きく分けると、1つには、「雪かき」という仕事がご近所さん、地域の方々と『共有』するものとして意識され、孤独感が和らぎ安心感を感じられたという方が何人かいらっしゃったこと。もう1つには、「雪かき」を通じて、生きている『実感』や『手応え』を体験された方が何人かいらっしゃったことです。

 前者のように周囲との連帯感を感じられ安心できた、という方は結構多いのではないでしょうか。私が勤務しているクリニックのデイケアでは、「いつもは近所の人の目が怖いけのだれど、「雪かき」をきっかけに声を掛け合える体験ができたことで、また自分が貢献できる感覚を直に味わうことで怖さがかなり薄くなった」と、とても生き生きと話しをされる方が複数いらっしゃいました。私自身も、駐車場から車を発掘しても幹線道路までの道のりは遠いので「明日の出勤も絶望的かなあ」と感じていた朝から、“地域の雪かきチーム”が自然発生し、声かけ合いながら見通しと希望も湧いてきて一日で開通するという“偉業”を共有できる機会を得られたので、よりしっくり感じられたのでした。非日常の感じ、“戦友”のようなある種の危機感を共有している感覚が関係性を強化して、「独りではない」という安心感を生んでいたようにも思われます。こうしたことはやはり、体験を通じてでないと湧いてこない感覚でしょう。

 生きる『実感』や『手応え』を感じたという後者の例では、文字通り手に雪の重みを感じながら、やっただけ成果が見える感じ、道が開けていく感じが体感としてわかる、というのが大きな要素であったようです。カウンセリングの中で『実感』『手応え』をテーマとして共有、意識されている方も多いのですが、「雪かき中に初めて『手応え』ってこういうことかな、とわかった」とおっしゃっていた方がおられたのが印象的でした。目に見えない『こころの仕事』として取り組んでいく中で、目に見えてわかる、身体感覚でわかる=『実感』『手応え』ということがどこか現実生活の中で補填されていかないと、やはり『こころの仕事』としても完成しないのだろうと思われます。

 カウンセリングは、はじめに『何の為に我々はカウンセリングとして会うのか?』を一緒に吟味させていただくことから始まります。まずは大雪の様に「何か大変なことを共有すること」で、絶望的とも思える感覚がまた違った視点で多面的に見えてきますし、「こころの仕事」に取りかかる見通しや意欲もわいてくるものだからです。
 
 また、なんとなく日常を過ごしてしまうと、自分にとっての大切な体験というものが目の前にあってもなかなか意識できなかったり、あっても薄れてしまったりすることはとても多いものだと思います。自分にとってのテーマを整理したり明らかにして、消化/昇華していきやすくするお手伝いをするものがカウンセリングというものなのだと改めて感じ入った大雪体験でした。
posted by MSCOスタッフ at 00:39| 心理エッセイ

2014年02月15日

ほめるって難しい

ほめる

 私は小学校のスクールカウンセラーもしています。子どもたちだけでなく、保護者の方の相談もお受けしています。
 保護者の方からは、「子どものこと、もっとほめないといけないんでしょうね・・・」と聞くことがよくあります。「ほめる」ということについて、ご自分でも日々気をつけていらっしゃったり、本などで読んだり、アドバイスされたことがあったりするのでしょう。しかし「ほめないといけないんですよね」とおっしゃるその言葉の裏には、「がんばってほめようとしてるけどうまくいかない」という切ない思いが感じられます。

 “言うは易し、行うは難し”それが『ほめる』です。『効果的なほめ方』をテーマに、保護者向けの研修会を開催することもあります。
「うちの子、ほめるようなことは何もしないんです」。そうおっしゃる方は少なくありません。そこで、「今できていて、これからも続けてほしいこと」「さらに増やしてほしい行動」といった『好ましい行動』がほめる対象になることをお伝えします。
 「ありがとうが言える」「連絡帳を見せる」「一度声かけしたら宿題にとりかかる」・・・ほんの些細なこと、当たり前のことでいいのです。

 当たり前のことでもほめる・・・そう聞くと、たいていの方が「そんなことでほめていいの?」と少し戸惑ったような表情になります。当たり前のことに「すごいね」と言うのにためらいがあるようです。
ここでもう一つ発想の転換をしてもらいます。『ほめる』というのを『保護者の方が子どもの好ましい行動に注目し、「いいな」思った気持ちを子どもに伝えること』ととらえてもらうのです。
 「すごいね」「えらいね」と言うのはもちろん、他にも「がんばれ」と励ます、「やってくれてありがとう」と感謝する、「今どんなことやってるのかな」と興味や関心を示す、といったことも含まれます。また「ごみを拾ってくれたんだ」と行動に気づいていることを伝えるだけでも十分です。「ニコっとする」「OKサインを出す」言葉以外の働きかけも効果抜群です。


 「何をほめるか」「どうやってほめるか」については、『ペアレント・トレーニング』の中の『好ましい行動』と『肯定的な注目』をベースにしてお話しています。
『ペアレント・トレーニング』は、アメリカで開始され、日本でも適用しやすいように作成されたプログラムです。10回のセッションをグループで実施するのが基本的なプログラムです。
 『ペアレント・トレーニング』では、子どもの『行動』に注目します。子どもは、自分が実際に行動したことについて注目されるので、ほめられていることについて実感が持てますし、そのことが『自信』につながります。

 理論的には『行動療法理論』に基づいていますが、子どもの行動修正に焦点づけしているというよりは、親子がよりよいコミュニケーションを持てるようになることに主眼を置いています。
 子どもはほめられてうれしくなり、ほめられたことを繰り返す→親はそれをほめる→ほめることが保護者もうれしくなり、子どもの好ましい行動にもっともっと注目するようになる・・・このように、よい循環が生まれていきます。

 『ほめる』ことから、親子がそれぞれ自信を取り戻し、穏やかで楽しい生活をおくれるようになるとよいですね。
posted by MSCOスタッフ at 23:11| オフィス外での活動

2014年02月11日

「想像力」がもたらす「力」

砂団子

 砂場で遊ぶ3歳の子どもたちの話です。砂のお団子を作って並べています。ある子どもが、そばにいた保育者に「お団子をどうぞ」と差し出します。受け取った保育者は食べるまねをしてから「ごちそうさま。ああ美味しい。クリームの味がしますね」と応えました。別のクラスでは別の保育者が、食べるまねの後「ごちそうさま。ああ美味しい」と応えました。

 2人の保育者の応対は同じように見えるけれど、この後の子どもたちの行動はまるで違ったものになりました。「クリームの味」と言われた子どものクラスでは「こんどはいちご味」「きな粉がついてるの」水に砂を混ぜて「コーヒーをどうぞ」とレストランごっこに発展していきました。しかし別のクラスは、相変わらず「お団子どうぞ」を繰り返し、たくさん作ったり並べる遊びを続けています。

 この話は、内田伸子という方の想像力を育てることを考える本にあった内容です。この例から言えることは、大人が、子どもに代わって“見えないものを見て、言葉に表す”ことをしたかどうかで、2つのクラスの子どもたちの想像活動の中身が変わり、そこから行動と体験そのものが、驚くほど質的に変わってしまったということです。


 想像力を育てること、引き出すこと。これは子どもの話だけではありません。
 ユング心理学では、想像力が生み出すイメージには、悩みや行き詰まりの原因となった葛藤や矛盾を、まとめ上げ進展させる性質があると言われています。イメージの力によって、出口が見つからない行き詰まりは角度を変え、出口を見出すことができたり、抱えきれなくなった問題はまとまりを持つことで向き合うことができるようになります。そして、次のステップへの可能性が動き出してくるといえます。

 「想像力」を自由に働かせることで、自分の心の世界に埋れている生きたイメージをとらえる、向き合う、体験する。それによって、一面的でなく多面的・柔軟な認知や思考をしていくことが可能になります。そして、自分でも知らなかった豊かな世界や可能性が自分の中にあることを発見する。

 カウンセリングをしていて、クライアントが「想像力」を働かせることを通して自分の力を引き出していくのを目にするたびに「想像力」がもたらすものに惹きつけられます。子どもたちの例のように「見えないものを見て言葉に表す─想像力」を活かして、それまでの自分の「繰り返し」を脱し、視界を広げて、のびやかに踏み出して行く。それ自体、とても創造的なことに思えます。
posted by MSCOスタッフ at 00:00| 心理エッセイ