2018年04月20日

クライアントという名称

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 カウンセラーとして仕事をしていると、様々な人がカウンセリングを受けにいらっしゃいます。みなさんは、私たちのことは「カウンセラー」だと思っていらっしゃいますが、意外とカウンセリングを受ける側であるご自身がなんと呼ばれるかは知らないのではないでしょうか。でも実はその呼ばれ方にこそカウンセリングの真髄があると思います。

 例えば、風邪をひいて病院へ行けば、診てくれる人は「先生」で、私たちは「患者」ですし、英会話を習いにいけば、教えてくれるのは「先生」で、私たちは「生徒」です。ここには、「先生」が、「患者」や「生徒」に自分の持っている力で治してくれたり、教えてくれたり、という「やってもらう」関係が生じています。

 カウンセリングを受ける人たちはカウンセラーのことを「先生」と呼ぶことが多いと思いますが、では受ける側が「患者」かといえばそうではないし、かといって「生徒」というわけでもありません。カウンセリングを受ける人は「クライアント」とよばれています。

 「クライアント(client)」には、「依頼人」とか「顧客・得意先」という意味があります。例えば、法律事務所で弁護士を雇うと、その依頼人は「クライアント」と呼ばれますし、広告代理店が広告を作るときの広告主は「クライアント」です。また、コンピュータでサーバーの提供する情報・機能を利用するユーザー側のコンピュータのことも「クライアント」と呼ぶようです。

 こうしてみると、「クライアント」という言葉は、ビジネス関係などで相手を「雇う」ときに生じる言葉で、そこには「雇う」側と「雇われる側」に対等の関係があるように思います。そのつながりは「契約」によって生じていて、契約が守られなければ関係を取りやめることができます。

 私は自分が初めてそのことを知った時に"ちょっと目からうろこ"で、且つ、すがすがしいような気持ちになりました。それまでなんとなくカウンセリングを受けるというと、受ける側が困っていて「カウンセラーに助けてもらう」ような感覚があるように感じていました。

 でもそうではないのです。自分が今の自分の力ではこれ以上進めないと思ったときに、「カウンセラーを雇って自分が先に進むためのプラスにする」ということなのです。そこには受ける側に主体性があります。この「主体性」こそがカウンセリングにおいて大事なことで、だからこその「クライアント」という名称なのだと思います。

 みなさんがカウンセリングを受ける際には、是非カウンセラーを主体的に活用して、ご自身の問題の解決を進めてください。
posted by MSCOスタッフ at 15:56| カウンセリングとは

2018年03月24日

架空ケース:「無能感 自分の感情なのか母親の感情なのか区別できない」

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<架空のケースを元に、実際に起こりがちな悩みとカウンセリングのアプローチを紹介しています
 自分自身の無能感を深く感じていて意欲的になれない、Eさん(30代 会社員 女性)。

 Eさんは理系の大学を卒業し、技術者として仕事をこなしてきました。持ち前の協調性と丁寧な仕事ぶりが買われ職場でも評価されていました。しかし、中堅として責任の重い仕事を任されるようになってきてから不安が強くなり、意欲が持てなくなりました。現場にいる作業員を指導することが出来ず、些細なことでも上司の助言なしには自身で判断を下すことが出来ません。次第に会社に行くことがつらくなり、頭痛や吐き気で会社を休むことも多くなってしまいました。

 Eさんは人並み以上の能力があるにも関わらず、自分は無能であるという感覚がぬぐえません。 カウンセリングでその「無能である」という感覚を掘り下げ、これは一体何なのだろうと考えていきます。

感情と向きう
 Eさんの母親は、いつもわがままなEさんの兄に振り回され疲弊していました。父親は、穏やかで優しいけれども、きちんと息子と向き合い叱ることのできない人でした。Eさんは、「頼りない父親の代わりに自分が母親を助けなくてはならない」と思っていたといいます。Eさんの母親も「ママの気持ちをわかってくれるのはEちゃんだけ」と言って、いつも愚痴をこぼしました。

 Eさんにとって印象的な出来事があります。高校1年生になったばかりのある日、母親が突然家出し1か月ほど帰って来なかったそうです。なによりショックだったのは父親や兄だけでなく、自分にも何の理由も言わなかったことです。その時、今まで母親を助けようと頑張ってきた自分は一体何だったのかと強い無力感に襲われたといいます。

 そこから見えてきたのは、親に対する感情でした。Eさんが「親から愛されたい、大事にされたい」と思ってやってきたはずだったことが、結局「親から利用された」という気持ちしか生まなかったということでした。

 そして、感情を再体験する中で、「どうせ私は無能だ」「誰か助けて欲しい」と呪文のように唱えている自分自身に気づいたのです。それは、「どうせママは母親失格よ」「どうしてパパはママを助けてくれないの」という母親の口癖とそっくりでした。Eさんは、「これは自分の感情なのだろうか。それとも母親の感情なのだろうか」と思ったといいます。

 でもこの感情を、「区別できない」と思っているということは、「これは自分の感情ではなさそうだ」とわかっているということでもあります。

「取り入れ」ること
 私たちは親や兄弟、友だちなど、自分にとって重要な対象を「取り入れ」ます。取り入れるのは、彼らの態度や感情、行動などあらゆることです。思春期の子どもが、アイドルの髪型や話し方をまねする「同一化」という行動がありますが、これは自覚的に行わるものでやめることは簡単にできます。しかし、無意識に無条件に行われてしまう「取り入れ」は、なかなかやっかいなものです。

 親は通常、本人の意志とは関係なく、生まれた瞬間から最も身近で重要な対象です。私たちは、「母親や父親のようになりたい」と思う以前に、無意識に親を「取り入れ」ます。子どもは「親が育てたい様に育つ」のではなく「親の様に育つ」のです。

 なかでもやっかいなのは感情の「取り入れ」です。子どもが親の感情を自分の物のように思い込んでしまうことは良くあります。また、親の願望を無意識に取り入れ、それを実現しなくてはならないと思うこともあります。

 親が自分自身を無力な存在と感じており、いつも誰かに助けを求めている場合、子どもは自身を無力な存在であると感じると同時に、親から愛されるために親を助けなくてはならないとも思うものです。

 それは、どちらも親から捨てられないため、自分が生き残るために必要なことです。身体が食物を求めるように自然発生的に行われるのです。ただ、生き残るため、自分自身を守るために行われていたことが、成長するにつれその人自身の苦しみのもとになってしまう場合もあります。

感情の分離
 自身の感情とよく向き合ってみると、Eさんの中には母親から守られた、世話をしてもらったという実感がないことに気づきました。母親が世話をしていたのはわがままな兄の方であり、Eさんは母親から愛されようと従順で手のかからない子どもであろうとしたために母親にとっては世話をする必要のない子どもになってしまっていたのです。

 Eさんの抱える無力感、無能感は、母親を助けられなかった自身の体験も関係していました。そうやって思い返してみてはじめて、Eさんは親に頼らずいつでもひとりで頑張ってきた自分自身に気づいたのです。

 そうして初めて「いつでもひとりで頑張って来た自分が無能であるはずがない」とEさんは強く実感するようになりました。その後もEさんは責任の重い仕事を前にすると、「私にできるだろうか」と不安になることはありますが、不安感はEさん自身の真面目さと完璧主義的な性格から来るものであり、それと母親から取り入れた無能感は別のものだということがわかるようになりました。

 自身の完璧主義とどう付き合うかというところはこれからの課題ではありますが、無能感にとらわれて仕事に意欲の持てない状態からは脱することができました。

 私たちは誰でも、親を取り入れて「偽りの自己」を作り上げるものです。また、「自分がない」「自分は空っぽだ」と感じている方もいることでしょう。でも、本当はそんなことはありません。カウンセリングでは「取り入れた親」と「自分自身」の感情の区別をつけ整理するなかで「本当の自分自身」に気づいていくことができるのです。
posted by MSCOスタッフ at 22:01| 架空ケース

2018年03月07日

カウンセリングを受けるかどうか迷う時に

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 私はある自治体で、回数に限定はあるものの住民の方が無料で受けられるカウンセリングに携わっています。地域で関わっている施設や機関から紹介されてきたという場合もありますし、カウンセリングがどういうものか試してみたいと思ってきたという方もいらっしゃいます。ご相談の内容にもよりますが、数回で解決の方向性を共有できるときもあれば、引き続き支援が必要と思われる方には、医療や相談機関につなげていくこともあります。

 皆さんのお話を聴いていて思うことは、抱えている悩みや苦しみは大きいにも関わらず、ご自身で抱えてしまいさらに苦しくなっておられる方が多いということです。これまで相談に行くことは考えたかどうかを伺うと、費用面を心配される方もいますが、「カウンセリングではどういうことをするのかよくわからない」「カウンセリングでは病気だとか、何か人と違っている人が受けるものだ」「カウンセラーから病気と決めつけられる、また一方的にアドバイスをされる」などのイメージがあり、抵抗があって受けてこなかったということも多いです。

 カウンセリングでは、今起きている負担や苦しみにつながっている状況因やその人の物事の捉え方や対人関係のパターンを探りながら対応を考えていきますが、その過程ではネガティブな面だけに焦点をあてるとは限りませんその方が元来持っている強みや健康的な面にも焦点をあてて、幅広く進めていきます。これまでストレスがかかった状況の時にその方なりにどう乗り越えてきたか、その過程もヒントにして進めていくこともあります。

 カウンセリングを体験すると、カウンセリングのやり方や進み方を見通すことができたり、カウンセリングへの疑問、心配や不安もカウンセラーと話し合えて解決できることもあります。

 臨床心理士の相談が無料で受けられるところや、勤めていらっしゃる方であれば、社内で産業保健スタッフの体験のカウンセリングを受けられたり、会社によっては会社負担で外部の相談機関のカウンセリングを受けられる制度もあったりします。そういったものをうまく利用していただき、お試しで受けていただくことは1つだと思います。そういったことでカウンセリングへの過剰な抵抗が少しずつ減っていくことに繋がればと思っています。
posted by MSCOスタッフ at 19:24| カウンセリングとは

2018年02月27日

マインドフルネスの効用と実践

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 マインドフルネスは「意図的に今この瞬間に価値判断をすることなく注意を向けること」(Kabat-Zinn, 1994)で、ヨガや瞑想などを用いて行います。マインドフルネスストレス低減法やマインドフルネス認知療法など、マインドフルネス瞑想を用いた技法・心理療法の報告が数多く行われています。GoogleやFacebookなど大手IT企業で社員の生産性向上や健康増進に利用されていることはご存知の方も少なくないでしょう。

 効果としてはうつ病の再発予防や、心配や不安の低減、慢性疼痛や身体症状の緩和、幸福感の増加など、心身の健康を高めるなどが示されています。ここ数年、新聞・雑誌・テレビなどでもさまざまに取り上げられ、マインドフルネスを取り上げた書籍やCD、DVDをはじめ、スマホ用のアプリなども配信されています。

 簡単なマインドフルネス実践の方法を一つ紹介しましょう。
早稲田大学の熊野宏昭先生(心身医学)の提唱するやり方です。
  1. 楽な姿勢を取ります。座っていても、横になっていてもかまいません。
  2. 呼吸をコントロールせずに、普通にしてみます。お腹や胸がふくらんだり縮んだりする感覚に注意を向け、その感覚の変化を気づきが追いかけていくようにします。
  3. 呼吸に注意を向けるのが難しいときは、息を吸うときに「ふくらみ、ふくらみ・・・」と、吐くときに「縮み、縮み・・・」と、心の中でとなえます。大きな呼吸なら「ふくらみ、ふくらみ、ふくらみ、縮み、縮み、縮み・・・」、小さな呼吸なら「ふくらみ、縮み、ふくらみ、縮み・・・」のような感じです。
初めのうちはなんだかよくわからなかったり、慣れずに妙な感じが起きたりするかもしれませんが、そのままでかまいません。一日1分でも続けてみましょう。やる前とやった後でなにか違うでしょうか?言葉にしてみて下さい。

 実践を毎日やっていると、感じる感覚が日によって異なるかもしれません。マインドフルネスの要は「気づき」です。「気づき」を大切にしていくことが実践のコツかもしれません。もちろん、なにも感じなくてもいいのです。それは「なにも無い」ことに気づいたことですから・・・

 マインドフルネス実践の方法はいくつもあります。興味を持たれたら、是非ご自分で試してみてはいかがでしょうか?
熊野先生のインストラクション音声付きのサイトはこちら:
https://www.nhk.or.jp/special/stress/02.html
呼吸のマインドフルネスのやり方が詳しく書かれています。

南新宿カウンセリングオフィスでは「マインドフルネスのグループワーク」を定期的に行っています。小グループで基本的なマインドフルネスを体験してみるプログラムです。
興味をもたれた方はご連絡ください。
posted by MSCOスタッフ at 00:57| マインドフルネス

2018年01月13日

公認心理師と臨床心理士の違い

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 今年、心理職初の国家資格「公認心理師」の初めての資格試験が予定されています。

 「臨床心理士」は公益財団法人日本臨床心理士資格認定協会が認定する資格で、これまで心理職の代表的な資格でした。そのため、「公認心理師」との違いが注目されています。

 「心理査定や、面接での査定」(アセスメント)を行うことや、「臨床心理学的な面接による援助」(カウンセリング)についてはどちらも同じように行ないます。また、「公認心理師」の行うとされている「関係者への面接」や「心の健康に関する教育・情報提供活動」なども「臨床心理士」が行う内容とほぼ同じです。

 違いは、「臨床心理士」には5年ごとの資格更新があり、そのため学会や研修会への参加、研究論文の公刊などを日々行うことが義務づけられています。「公認心理師」は、それらの日々の研修や研究を必要としない生涯資格です。

 この違いから考えられることは、資格を取った後の、実践のスキルアップや知識のアップデートに質的な違いが生じるかもしれないことです。

 また、医師との関係について、「公認心理師」は医師の「指示」を受けて行いますが、「臨床心理士」は医師と「連携」や「協力」を行う、となっており、独立性が考慮されています。

 今後は、医療機関や公的機関で心理職の業務を行う際には「公認心理師」の資格が必要になるかもしれないとも言われています。当オフィスのスタッフ(「臨床心理士」)は、それぞれ医療機関などでの業務も大切にしています。そこでの経験がオフィスでのカウンセリングに活用されることも少なくありません。

★以上のような現状をふまえて、南新宿カウンセリングオフィスでは、両資格を併せ持つことが利用くださる方のニーズにお応えすることにつながると考え、スタッフは  「公認心理師」の資格取得の準備をすすめています。

タグ:公認心理師
posted by MSCOスタッフ at 22:43| カウンセリングとは

2018年01月04日

アクティブイマジネーション(Active imagination)

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  カウンセリングの技法は多くありますが、その中で、夢分析などのようにイメージを活用する技法もまた様々なタイプがあります。その多くは、無意識の世界から生じてくるイメージを受けとめて、そのイメージの内容を理解し体験しようとします。イメージを受けとめようと待つことになるので、受け身的な構えが多いといえるかもしれません。

 それらの構えに比べ、『アクティブイマジネーション』は『アクティブ』=能動的であることが大きな特徴です。無意識から生じてくるイメージを尊重することに変わりはないのですが、そのイメージとの関わり方が異なります。イメージは自然と浮かんでくるわけですが、何を『アクティブ』にするのかというと、はっきりと意識を働かせて、イメージとやりとりして『折衝』するのが大切と言われます。

   具体的には、まずイメージの出発点を決めます。例えば夢にでてきた‘何か’からでも良いですし、心惹かれる写真や絵画なども良いようです。そして、イメージの中でやりとりする相手(人に限らず、動物やモノや風景全体でも)を決めて、相手の様々な特徴を細かく観察します。次第に、イメージは自律性を発揮して動きはじめます。
@イメージと出会ったら、出会いの意味を考える。
Aその上で、こちらに何ができるか、何をしたいのかを考える。
Bなんとなくでなく、「こういう理由でこれを選ぶ」と意識しながら選ぶこと。
Cそれをイメージの中で行動に移す。
Dイメージは、それに応えて何がしかの反応を返してくる。
記録をとりながら、この@からDを繰り返していきます。イメージが無意識からのモノでなく、勝手な想像のように思えても大丈夫です。意識が作っているようでも無意識からの要素が入らないイメージなどないのです。

    以下に、樹木と牛と牛飼いが描かれた絵画から『アクティブイマジネーション』を試みた例を紹介します。
 「私は畑での農作業をしている。そこへ牛に乗った旅人が通りかかる。旅人がこちらへ笑顔を向けて『ご精がでますね』と話しかけてくる。私は農作業の手を止めて『こんにちは』と応じる。旅人はその日泊まる宿へ向かう道を尋ね、私はそれに答える。私は、生き生きした牛にl惹かれて撫でると、あたたかい生命感が伝わり心地よくなる。すると、旅人が牛をくれると言う。『是非世話してやってほしい』と言われ、それなら、と応じる。旅人は宿に向かう。私は牛とともに見送りながら、うれしい反面、ちゃんと世話をしていけるか少し不安も感じている。」

   この『アクティブイマジネーション』の意味を解釈するには、牛の象徴性や、旅人が宿を尋ねてくる物語の意味するモノなどを深めることも大切になるでしょうが、まず最初に「私」が無意識とどのように関わっていこうとしていいるかを理解することが大切なポイントです。
   「私」は、旅人とアクティブに好意的に関わり、少し不安に感じながらも旅人からもたらされた新たな生命とともに生きていくことを決めています。これは、「私」という自我がこれまで知らなかった自分の中のエネルギーやメッセージを受け入れて、個性化の道(自分らしくあるための心の成熟)に向かおうとしていると言えるようです。

    この例のようにイメージにアクティブに関わり、折衝することで、その世界が広く豊かに展開していきます。そこから、自我にとって有益な気付きや変化が生まれることになっていくと言われています。
(参考文献:「無意識と出会う」老松克博.2004.トランスビュー)
タグ:イメージ
posted by MSCOスタッフ at 11:05| カウンセリング・キーワード

2017年11月27日

ストレス対処におすすめ! 「好きなことリスト」

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 先日、勤め先のクリニックで、「ストレス対処法」のミニ講座を行いました。10名以下の少人数のグループでした。自分のストレスをどうにか対処したい!と思っている皆様にお集まりいただきました。ワークをいくつか行ったのですが、その中の1つについて、参加した方に好評だったワークがあったので、ご紹介いたします。

 ストレスがたまったときに、すぐ解決できない場合、気分転換を取り入れるための方法です。「自分の好きなこと、ちょっと気持ちがあがること、ほっとすることを、具体的に20個紙に書きだす」というワークです。これはもともと私が別の研修会で教えてもらったワークでした。

 気分転換といっても「旅行に行く」とか「映画を見る」とか比較的エネルギーを要することから、「仕事帰りにケーキを買って帰って紅茶をいれて食べる」、「家についたら、声を出して「あー疲れた!今日もよく頑張った」と自分に言ってあげる」などの比較的小さいエネルギーでできることまで様々あります。ポイントは、かなり具体的に書くというのと、小さい気分転換法であればあるほど すぐできるのでよいということです。最初は、参加者の皆様の様子があまりにも辛そうだったので、20個は到底うまらないだろうな・・・と思っていましたが、意外にも20個近く書いていた人たちがほとんどでした。

 書いたあと、お隣同士で、シェアしてもらいました。参加者の皆様は、それぞれ家庭、仕事などのストレスを沢山かかえて、最初は神妙な面持ちだったのですが、自分の好きなことを、相手に話し始めたとたんに、ぱっと笑顔になり、声も大きくなり、笑い声も聞こえ、部屋の空気も一気にやわらぎました。

 人は、自分の好きなこと、楽しいことをやっていると充足感を感じます。逆に嫌なこと、理不尽なことに出会うと、一気に視野が狭くなり、一生そこから抜け出せないような閉塞感をおぼえます。そして、自分に楽しみがあったことさえも忘れてしまいます。

 参加者の皆さんには、今回作った「好きなことリスト」を見えるところに貼っておきましょうと伝えました。そして、気持ちがふさぎ込んだり、追い詰められてしまったりしたときには、気分転換することを忘れてしまうので、そういうときこそ「好きなことリスト」を見て、1つでもできそうなところから実践してほしいと伝えました。

 後日、参加者の方から、「あのリスト、貼っています。それを見て、あっそうだ散歩だ!と外にでました。あれを使ってうつっぽい状態から持ち直しました。気づくと落ち込んでいたりするので、気分転換!と気をつけてやってみています」というお話を聞くことができました。

 ストレスは、すぐに解決できることは少ないですし、抱えたまま持ちこたえなければならないことも多いのが現実です。「好きなことリスト」は、嫌なこと、憂鬱なことに注意を集中させすぎず、ほどよく注意を分散し、かつ好きなことに触れる時間を増やすことがねらいなので、気分転換がしづらい方にはおすすめの方法です。
posted by MSCOスタッフ at 23:28| セルフメンタルケアのコツ

2017年10月31日

日々の生活に「気づいて過ごす」(マインドフルネスストレス低減法体験記)

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 「マインドフルネスストレス低減法」(Mindfulness-based stress reduction: MBSR)の8週間プログラムに参加しました。
 MBSRは米国の生物学者で心理学者のジョン・カバットジンが1970年代に慢性疼痛の緩和のために開発した技法で、最近流行のマインドフルネス技法の元祖と言えるものです。マインドフルネスでは仏教の「念」を中心ととらえ、自分の自動的な行為や思考に気づきながら、今ここの状態に「ある」ことを大切にしています。うつ病の再発予防や不安・身体症状の軽減、日常生活の改善を意図しています。

 今回のプログラムは米国で資格を取ったファシリテーター2名の指導の下、8週間にわたりマインドフルネスの実践を毎日続けるというものです。30名ほどの参加者には臨床心理士や学校教員、医師、看護師など対人支援職だけでなく、疾患から回復途上にある当事者や家族、あるいは一般の会社員や主婦、学生などさまざまでした。
 全員が週1回3時間ほどのグループセッションを受けながら、45分程度の瞑想やヨガなどのマインドフルネス課題を日々の生活で継続するというものです。将来的にMBSRの指導者になるには、基礎要件のひとつとして同プログラムへの参加が義務とされています。


 8週間の前半では主として呼吸と身体の感覚に意識を向けるボディ・スキャン瞑想と、短い(10分〜20分程度)の瞑想の実践が課されます。私自身、瞑想やヨガの実践経験は多少ありましたが、連日の瞑想はなかなか容易ではありません。それでも連日(半ば大変でも)やっていると、徐々に自分の感覚への意識や気づきが増していくのがわかります。体調も大変よくなり、気分や感情の変化、果ては睡眠まで改善していきました。

 プログラムの後半になるとハタヨガの実践に加え、例えば手洗い、洗濯、入浴、歯磨き、あるいはいろいろな瞬間で、さまざまな側面に気づきながら、意識して毎日の日常生活を送るように心がけていきます。プログラム終了後もあらゆる面でマインドフルな生活を実践できるようにするためです。

 こうした瞑想実践では、どんなことが起こったかということは重要ではなく、むしろありのままを受け止め、それで大丈夫であることに気づくことに重きが置かれます。よく瞑想をしていると、時にあれこれと考えが生じたり、「明日の仕事はなんだっけ?」などと関係ない考えが出てきたり、などするものです。マインドフルネスではこうしたものが出てきたら、「おお、出てきたな」と思考に気づくことはしますが、出て来た思考の「相手」はしないで、そのまま実践を続けます。これこそがマインドフルなあり方であり、身につけるためには日々の実践を続けることが大切になります。
 でもMBSRは禅などの修行と違い、自分を追い込むものではありません。こうした実践ができない場合にはできないことを責めずに、むしろ「できない」という気持ちに自ら優しく接するように向き合うことが大切になります(これを「自らへの慈しみ(セルフ・コンパッション)」と呼びます)。

 やっていて面白いことに気づきました。それは仕事をしているときだけでなく、休日や旅行など一見すると楽しく過ごせていると思えるときこそ、瞑想やヨガなどの実践が大切だということです。自分で感じたり、考えたり、わかっていたりする(つもりの)ことって、実はすべてではないのですね。メンバーとともに迎えた8週間のフィナーレは本当に感動的でした。カバットジンは「マインドフルネスとは(他との)関係性である」と述べたそうですが、それを実感できる体験でした。


 もちろんマインドフルネスには限界もあります。例えば、現在うつ病の治療中という人は主治医にプログラム参加について事前に相談された方がいいでしょう。
 どのくらいの効果があるかは現在世界中で実証研究が続けられています。もし可能ならば新たな治療と生活の選択肢としてマインドフルネス実践を取り入れることも検討できるかもしれません。MBSRはいくつかの民間団体の主催で首都圏近郊でも開催されています。よろしければチェックしてみて下さい。
posted by MSCOスタッフ at 16:28| マインドフルネス

2017年10月08日

「発達の2つの目標」と「適応するための力を支える感覚統合」

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 子どもたちとドラマと造形のワークショップを行っている「所沢クリドラタウン」で、保護者の皆さんと「子どもたちの育ち」についてお話しするのも今年で4回目になりました。前回の「感覚統合」についてのお話も踏まえての内容です。

@発達の2つの目標「自己形成」と「社会化」
 発達には2つの目標があるといわれています。1つは「自己形成」。自分を形作るということです。2つ目は「社会化」。形作った自分を、社会の中で適応させるということです。

 自分を強く出しすぎると「ワガママ」「ジコチュウ」などと言われ、周囲に受け入れられなくなってしまいます。しかし、周りに合わせすぎて何もかも相手に従っていては、自分がなくなってしまいます。自分の本当の気持ちや欲求がわからなくなり、自信が持てず、周りとうまくかかわれなくなってしまうのです。ですから、自己形成と社会化の発達はセットで、バランスよく育っていく必要があります。

 自己形成と社会化が獲得されていくのは、子ども集団の中です。特に「遊び」は大きな役割を果たしています。遊びにはまず「身体機能」を高める働きがあります。遊具遊びやアスレチックのように、つかむ、ぶら下がる、またぐ、くぐるといった動き。おにごっこやかくれんぼ、ドロケイのように、走る、跳ぶ、くぐる、よけるといった動き。多様な動きをともなった活動により、神経や筋肉の機能が発達し、タイミングよく動いたり、力の加減をコントロールするなどの調整能力が育まれます。思いきりのびのびと体を動かすことを通して得られる成功体験や有能感は、自己形成に大きな影響を与えます。

 また、遊びにはルールのあるものが多く、社会性を身に着ける機会を与えてくれます。ルールを守ることでセルフコントロールの仕方を学びます。ルールを友だちと共有するためのコミュニケーションスキルも伸びていくのです。

A適応の力を支える「感覚の統合」
 こうした発達の適応に必要な力の育ちには、「感覚の統合」が重要なポイントになっています。
 学習能力や運動能力など、目に見えるスキルについ着目してしまうのですが、実は、そうした能力の発達は「筋力の発達」や「眼球運動のコントロール」がもとになっています。さらには、「視覚認知」「平衡感覚」「固有覚」「触覚」「聴覚」といった感覚の統合が支えています。

 感覚は目に見えないので、統合の度合いはわかりにくいのです。詳細で正確な判断は、もちろんしかるべき専門機関で専門家の意見を仰がなければなりません。しかし、だからといって日常の中で私たちが何もできないということでもありません。
 発達の2つの目標のところでも述べた「遊び」には、感覚を刺激する要素がたくさんつまっています。触覚を刺激する遊びには、フィンガーペインティングや粘土遊びなどがあります。トランポリンは平衡感覚を使います。
 また、生活の中のちょっとした「お手伝い」は、感覚統合にとってもとても大切な営みです。雑巾がけ、お皿運び、洗濯物たたみなど、手と目の協応を養います。


 今の時代、当たり前に育っていたはずのものが、育ちにくくなってきています。スキルや知識重視になり、学習やトレーニングに躍起になってしまいやすいのですが、遊びやお手伝いなどにも目を向けてみるがよいともいます。仲間とかかわったり、体を使うことなどの「日常の当たり前の営み」が、子どもたちの育ちを支えているのです
タグ:遊び
posted by MSCOスタッフ at 14:48| オフィス外での活動

2017年08月30日

整骨とカウンセリング

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 先日、左の股関節が痛くなり、お尻や膝まで痺れてきたので整骨院に行きました。初回、まず、どこがどんな感じに何をすると痛いか、ということを伝えると、何かきっかけがあったのかときかれました。特に思い当たらないけど、前からよく違和感はあったと言うと、いろんな動きをさせられて、これは痛いか、どこから痛むかなどときかれました。
 それに答えていくと、最終的に先生から、骨盤がゆがんでいるので右足と左足の長さが違う。長い右足に左足を合わせるから左足の外側の筋肉が緊張し、そうすると逆に内側の股関節は縮こまるという状態が続いている。そのせいで左の股関節が痛くなっているのだろう、という見立てを伝えられました。
 お尻やひざがしびれているのは、股関節が痛いのをかばうと、周りの筋肉を代わりに使うようになり、そこを無理に使いすぎて硬くなっているからだろうと言われました。さらにその太ももから膝にかけての筋肉がつながっているお腹の内側にある腸腰筋も緊張していると言われました。
 治療ではまず凝っている筋肉をほぐされ、緊張しているところを緩められ、自宅でできるストレッチを教わり、また1週間後に来てください、と言われて終わりました。

 終わってから、これはカウンセリングに似ているなと思いました。違いは身体のことを扱うのか、心のことを扱うのかです。
 どちらも困った状態に対して、いつからそれは起きていて、何かきっかけがあるかきかれます。そして、なぜそうなっているのか、何が起きているのか見立てながらそれに応じた質問をしていきます。
 どちらも患者(来談者)が訴える現象は一つでもいろいろな部分がつながって影響しているからです。それから、起きていることの理解を伝え、固まって本来の動きをしていないところを緩めていくと、本来の自分の動きを取り戻していきます。
 どちらも行くと少し元気になります。でも一度では変わりません。そして一番大事なのは、どちらも他の人が代わってやってあげられないということです。自分の身体、自分の心には自分自身で目を向けて、気づいて、取り組んでいかないとよくならない、変わらない、ということです。
 私は、毎週整骨院に通い、ストレッチを続け、日常生活でも荷物を持つ手を変え、気づいたら左股関節の違和感はなくなっていました。そんな風にカウンセリングも自分の心に向きあって取り組んで行くことで、変化していくのです
posted by MSCOスタッフ at 23:01| 心理エッセイ