2017年10月08日

「発達の2つの目標」と「適応するための力を支える感覚統合」

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 子どもたちとドラマと造形のワークショップを行っている「所沢クリドラタウン」で、保護者の皆さんと「子どもたちの育ち」についてお話しするのも今年で4回目になりました。前回の「感覚統合」についてのお話も踏まえての内容です。

@発達の2つの目標「自己形成」と「社会化」
 発達には2つの目標があるといわれています。1つは「自己形成」。自分を形作るということです。2つ目は「社会化」。形作った自分を、社会の中で適応させるということです。

 自分を強く出しすぎると「ワガママ」「ジコチュウ」などと言われ、周囲に受け入れられなくなってしまいます。しかし、周りに合わせすぎて何もかも相手に従っていては、自分がなくなってしまいます。自分の本当の気持ちや欲求がわからなくなり、自信が持てず、周りとうまくかかわれなくなってしまうのです。ですから、自己形成と社会化の発達はセットで、バランスよく育っていく必要があります。

 自己形成と社会化が獲得されていくのは、子ども集団の中です。特に「遊び」は大きな役割を果たしています。遊びにはまず「身体機能」を高める働きがあります。遊具遊びやアスレチックのように、つかむ、ぶら下がる、またぐ、くぐるといった動き。おにごっこやかくれんぼ、ドロケイのように、走る、跳ぶ、くぐる、よけるといった動き。多様な動きをともなった活動により、神経や筋肉の機能が発達し、タイミングよく動いたり、力の加減をコントロールするなどの調整能力が育まれます。思いきりのびのびと体を動かすことを通して得られる成功体験や有能感は、自己形成に大きな影響を与えます。

 また、遊びにはルールのあるものが多く、社会性を身に着ける機会を与えてくれます。ルールを守ることでセルフコントロールの仕方を学びます。ルールを友だちと共有するためのコミュニケーションスキルも伸びていくのです。

A適応の力を支える「感覚の統合」
 こうした発達の適応に必要な力の育ちには、「感覚の統合」が重要なポイントになっています。
 学習能力や運動能力など、目に見えるスキルについ着目してしまうのですが、実は、そうした能力の発達は「筋力の発達」や「眼球運動のコントロール」がもとになっています。さらには、「視覚認知」「平衡感覚」「固有覚」「触覚」「聴覚」といった感覚の統合が支えています。

 感覚は目に見えないので、統合の度合いはわかりにくいのです。詳細で正確な判断は、もちろんしかるべき専門機関で専門家の意見を仰がなければなりません。しかし、だからといって日常の中で私たちが何もできないということでもありません。
 発達の2つの目標のところでも述べた「遊び」には、感覚を刺激する要素がたくさんつまっています。触覚を刺激する遊びには、フィンガーペインティングや粘土遊びなどがあります。トランポリンは平衡感覚を使います。
 また、生活の中のちょっとした「お手伝い」は、感覚統合にとってもとても大切な営みです。雑巾がけ、お皿運び、洗濯物たたみなど、手と目の協応を養います。


 今の時代、当たり前に育っていたはずのものが、育ちにくくなってきています。スキルや知識重視になり、学習やトレーニングに躍起になってしまいやすいのですが、遊びやお手伝いなどにも目を向けてみるがよいともいます。仲間とかかわったり、体を使うことなどの「日常の当たり前の営み」が、子どもたちの育ちを支えているのです
タグ:遊び
posted by MSCOスタッフ at 14:48| オフィス外での活動

2016年12月29日

感覚を大切に

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 子どもたちにドラマと造形のワークショップを行っている「所沢クリドラタウン」で、昨年に引き続き保護者の方たちと「子どもの育ち」についてのセミナーの機会をいただきました。今年は「感覚」をテーマにお話しいたしました。

 脳の発達にはさまざまな「感覚情報」が必要不可欠だということをご存知ですか。「感覚」と言うと、真っ先にイメージするのが「五感」。いわゆる「視覚」「聴覚」「嗅覚」「味覚」「触覚」です。これらの五感は、どこで何を感じているのか意識しやすく、「今感じている」ということも自覚しやすいと言われています。

 また、感覚の中には「無意識に使われている」ものもあります。「触覚」は、五感の中で他の4つに比べると本能に強く関わっている感覚で、無意識に反応する部分があります。触ったものの大きさや形、素材を判断するときに知的に情報処理を行う(識別系)のほかに、自分に触れたものに対して「エサだ!つかまえるぞ!」もしくは「敵だ!逃げなければ!」というように「本能的に」感じ取って反応するところ(原始系)があります。
 そして、その他に「無意識に使われている感覚」として、「平衡感覚(前庭覚)」と「固有覚」があります。

 平衡感覚(前庭覚)は揺れや回転重力感を感知する感覚のことです。体勢が崩れたり、転んだりしないように、バランスをとるのが主な働きです。眼球運動とも関係しています。クルクル回転した後に目が回るのも、実はこの感覚が大きく関係しています。また、平衡感覚(前庭覚)は自律神経とも関わりがあり、情動の変化にも影響を与えています。

 固有覚は、筋肉や関節の動きを感知する感覚のことです。目を閉じて、上に向けた手のひらの上に1冊本を置いたときと、5冊本を置いたときと、冊数の違いがわかるのは、重さの違いを認識する感覚があるからです。この重さの違いを感じ取るセンサーこそ、固有覚なのです。

 体を動かす遊びや、料理や創作などの活動は、いろいろな感覚を使う機会を与えてくれます。知識として知っていたとしても、実際にやってみないとわからない「実感」というものがあります。 わかったつもりにならず、今、目の前にあるものをそのまま感じることに大きな意味があると思います。
 例えば料理。ジャガイモ一つとっても、実際に見て、触って、においをかいでみなければわからない、ジャガイモの実感があると思います。いろいろな形があることを知り、肌触りを知り、畑からとれたばかりの土のにおいを知るでしょう。手に取ってみて重さを感じることもあるでしょう。茹でているときにもうもうと上がる湯気の熱さに驚きながら、やけどをしないように気をつけることを学ぶでしょう。体験してみて、自分の中のどんな感覚が動いたのか、感覚によって生じた自分の中のさまざまな気持ちの動きや考えを大事にしてほしいと思うのです。

 「知識」それ自体はとても大切なのですが、ときに知識があるすぎるせいで、体験から遠ざかってしまう可能性もあるのではないかと思います。体験から遠ざかると、感覚がそぎ落とされてしまうのです。たまには知識はわきにおいて、自分の体験に没頭してみるのも悪くないものです。
 自分が体験した感覚には「正解」も「不正解」もありません。どれも「本物」です。その本物の感覚を大切にしていけるとよいと思うのです。子どもだけでなく、子どもと一緒に体験する大人も、感覚を大切にし、体験に心を開いてみてください。大人が楽しそうにしていると、子どもも安心して楽しむことができるのですから。

 感覚がうまく統合できず、日常生活に差しさわりが生じている場合は、より専門的な支援として「感覚統合療法」というものもあります。アメリカの作業療法士エアーズが考案した療法です。感覚統合療法では、子どもが「楽しい」と思える活動が取り入れられています。作業療法士が、感覚入力を整理し、子ども自身がいろいろなことに気づいたり、適切に体を対応させていけるよう、工夫して関わっていきます。
posted by MSCOスタッフ at 22:34| オフィス外での活動

2016年05月26日

ネガティブな感情体験とどう向き合うか

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 私はスクールカウンセラーとして小学校に勤務しています。休み時間の相談室には「相談」というわけではなく、なんとなくおしゃべりをしに来る、という子が意外と多いのです。
 他愛ないおしゃべりの中に、子どもの怪我の話があります。包帯や湿布を貼っていると、思わず「どうしたの?」とこちらから聞いてしまうからです。 「転んでぶつけた」。「サッカーの練習でほかの子とぶつかって」。「切っちゃったの、図工に時間に」等など。怪我の理由はさまざま。スクールカウンセラーが、痛みを想像して思わず眉をひそめて「痛そう」と言うと、なぜか少しうれしそうな顔をする子もいます。

 「痛い話」を聞きながらスクールカウンセラーが「痛そうな顔」をするほど、子どもたちは楽しそうになるのです。こちらは話から痛みを想像してしまい、大変な思いなのですが。子どもたちは、自分の話にスクールカウンセラーが反応してくれるのが楽しいのでしょうか。痛みを分かってもらえたと感じる部分もあるのでしょうか。スクールカウンセラーは、話を聞いて想像しながら、自然にその痛みやつらさに共感しようとしていたのだと思います。

 痛みに限らず、ネガティブな体験をしたとき、子どもがそれを乗り越えていくには、共感してくれる大人の存在が不可欠です。痛みやつらさを一緒になって味わってくれる大人の存在、「わかってもらえた」という体験を通して、子どもは安心感を得ることができ、つらい体験を乗り越えていけるのです。
  「痛いの痛いの飛んでけ!」 怪我をして痛がっているときによく言われるこのフレーズは、「痛みがそこにある」という前提です。このフレーズを大人が言ってあげることに効果があるのは、その痛みを一緒に味わってもらった上での「飛んでけ!」(乗り越える、我慢できる)というプロセスを意味しているからです。

 痛みを感じているときに「大丈夫!」と声をかけることがあります。元気づけるためや、痛みに対する耐性を育てるためです。しかし「大丈夫!」という声かけは、励ましになるのですが、痛みやつらさの存在を否定するニュアンスも含んでいるところがあるので、要注意です。言い換えると、子どもが体験している痛みやつらさの持っていき場を失ってしまう可能性も含んでいます。「痛かったよね」「怖かったよね」「悔しかったよね」。ネガティブな体験の存在をきちんと受け止めてあげた上で「大丈夫!」と言ってあげることによって、子どもの中のネガティブな体験を乗り越える力を育てていくことができます。

 子どもが感情を調整したり、感情に対する耐性を身につけていくためには、子どもが自分自身の感情の状態を知ることが必要ですが、そのためには、大人が『心』を使って、子どもの心の状態を推し量り、それを照らし返してあげるという過程がとても大切なのです。
posted by MSCOスタッフ at 22:11| オフィス外での活動

2015年12月15日

6年生とトランプ

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 私がスクールカウンセラーとして勤務している小学校の相談室には、トランプが用意してあります。休み時間になると子どもたちがやってきて、特に相談のない子たちが遊んでいきます。トランプは、3人以上で遊べるし、休み時間内に何ゲームか遊ぶことができるので、人気のアイテムです。
 最近、6年生の女の子たち4人組は「大富豪」に夢中です。声をかけあって少しでも早く配り、少しでもだくさん遊ぼうと工夫しています。「先生もやろうよ」とスクールカウンセラーの私も入れてくれます。5人でやる「大富豪」、相談室はかなりにぎやかになります。

 彼女たちは、ここに「相談」というよりも純粋に楽しみにきているようです。リーダータイプでみんなをまとめているAさん、面白いことを言ってみんなを笑わせるのが好きなBさん、おしゃれが大好きで見た目もお姉さんっぽいCさん、マイペースでときどきとぼけたことを言う天然キャラのDさん。キャラはそれぞれですが、仲はとても良さそうです。Dさんは、初めて相談室に来たときは「大富豪」のルールを知らなかったのですが、みんながやりながら教えてくれたので、すぐに覚えることができました。お互いにフォローしたりカバーし合える仲間関係が築けているのがわかります。

 この4人(と私を入れた5人)がトランプで遊んでいるときに、もし他の先生がやってきたとしたら、とても驚くことでしょう。時にはケンカでもしているかのようなにぎやかさです。「なんでそこでそれ出すの!」「ムカつく〜」AさんとBさんは勝つのに必死。お互いに文句の言い合いです。また、私がちょっとでも本気で勝とうとすると「先生、大人げないんですけど!」とCさんからクレームが入ります。「いいじゃない。勝負に子どもも大人もないよ」と私もニヤリと笑って返します。
 勝った子は思い切り喜び、負けた子はガックリと肩を落とします(スクールカウンセラーもです)。でもどの子も「もう1回!」チャイムが鳴るまで遊び続けるのです。そして休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴ると、「授業だ!」とあわててトランプを片付け始めます。あれほど文句を言い合っていた子たちも、ビリになってションボリしていた子たちも、協力し合って手早くトランプをまとめます。そして笑顔で「楽しかったー」「先生、また来るね!」と言って、あっという間に教室に戻っていきます。

 彼女たちが去り、急に静かになった相談室の中で、私は「ああ、彼女たちは遊びをまっとうしているな」という、何とも言えない安堵に似た気持ちを抱くのです。
 普段の4人は、お互いに気をつかい合いながら、仲良しの関係を保っているに違いありません。時には言いたいことを我慢したり、相手に合わせたくないのに合わせていたりすることもあるのでしょう。そのバランスを何とか保っているから、4人は仲良しでいられるのです。そのバランスが少しでも崩れると、仲間外れや、グループの分裂・対立が生じかねません。

 「自分が一番でありたい」「自分の思うとおりにしたい」という気持ちを全く持たずに生きていくことは不可能ですし、不自然です。そうした気持ちをこの4人は、トランプの中で上手に発散していると思います。「ムカつく!」このセリフを普段の関係の中で使ったら、途端に波風が立ちますが、トランプの中で相手が思うとおりのカードを出してくれなかった時に使う分には、許容されるでしょう。

 また、6年生にもなれば、大人への反発を抱いたり、反論したくなることもあるでしょう。そうした気持ちを真っ向から先生や親にぶつけたら、ただ怒られておしまいでしょうが、トランプの中でなら「先生、大人げない!」と思い切りぶつけることができます。そうです。彼女たちは、大人が大人げないことをした時には、そのことにきちんと気づく力があるし、本当は指摘したいのです。

 このように、「遊び」にはネガティブな感情や言いにくい気持ちを上手に表現、発散するための安全な仕掛けが用意されているのです。遊びの安全なところは「終わり」があることです。彼女たちの場合、チャイムとともに遊びは終わります。4人が「遊びをまっとうしている」と思うのは、「遊び」と「日常」にきちんと線引きをしているところです。トランプの勝敗で生じたネガティブな気持ちや葛藤を、教室には持ち帰らないのです。トランプを片付けるのと一緒に、相談室にきちんとおいていくのです。それができるのも「遊び」の力の1つです。

 卒業までの数か月。彼女たちがどのくらい相談室に来るのかわかりませんが、彼女たちの「遊び」がまっとうされるよう、この場と時間を見守っていってあげたいと思う日々です。
posted by MSCOスタッフ at 00:15| オフィス外での活動

2015年07月30日

大人のこだわりで、子どもたちから遊びを遠ざけていないか

所沢クリドラタウン

 子どもたちと、ドラマと造形のワークショップを行っている「所沢クリドラタウン」で、保護者の方たちに「子どもの育ち」について“遊び”の視点からお話をさせていただきました。
 それに先立って、ワークショップにも参加してみました。 http://blog.credra.org/?eid=1057696
 その時の感想は「体を使って遊ぶことは、大人にもこんなに楽しいことなんだ!」ということでした。そして改めて「現代の子どもたちは遊びから遠ざけられているのではないか」という思いを持つようになりました。

 今の子ども達は、幼児期のかなり早い段階から「楽しいこと」「気持ちの良いこと」よりも、「スキル習得」「学力向上」が期待されているように思います。「教育」が、生活の場の中で幅をきかせてきているのです。
 学童期の子どもたちにとって「競争」は、切磋琢磨し合う大事な機会であり、自己有能感や自信をつけていくのに大切ではありますが、あまりに早期から行なわれてているため、競うことに疲弊しているように見えることもあります。そして、勝ったり負けたりすることによって生じる様々な葛藤を避けるため、過度に気をつかい合い、自分をありのままに表現することをせずその場をやりすごそうとしているように見えるのです。

 だからこそ幼少期に思いっきり“遊ぶ”ことが必要だと思いますが、実際には遊んでいるようで遊んでいない。そういう現象が起こっているように思うのです。その一因は大人の接し方にあります。大人は子どもにとっての「環境」なので、大人の「こだわり」「構え」が子どもの「枠組み」として機能してしまうのです。

【子どもたちから遊びを遠ざけてしまう大人のこだわり 3つ】
(1)「言葉」に頼りすぎていないか?
 子どもは、自分で言った内容と行動を一致させることが、まだ難しいことが多いのです。大人から言われたことに対しても「わかった!」と返事したとしても、実は理解しておらず、行動にうつせないということがしばしば起こります。また、子どもは「気持ち」を「言葉」で言い表すことが難しく、「行動」や「体の症状」で表すことも多いのです。

(2)「完ぺき」を目指しすぎていないか?
ちゃんと遊べるようにしっかりしたもの、表現しやすいようにたくさんのものを用意してあげる・・・しかし「ありすぎる」ことで、実は「想像力」が生まれにくくなっているかもしれないのです。
また、大人が先回りして「もっとこうした方がいいよ」と本物に近づけようとしてはいないでしょうか。完成度や本物らしさよりも、「その子らしさ」が大切なのです。その子が「もっとこうしたいんだけど」と言ってきたときに、大人は助けてあげたらよいのです。

(3)「一人で何でもできるようにならないといけない」と思い込んでいないか?
私たちは誰でも、何らかの助けを得ながら生きています。「助けてもらうこと」と「自分でやること」のバランスをとり、他者とともに生きていくこと、それが本当の自立だと思います。

 こういった“ちゃんとする”というくびきから解放して、充分に“遊ぶ”ことがとても重要なのです。遊びの中では、「助けを受け入れる力」と「自分で工夫する力」の2つが培われます。子どもにとっては“遊び”は育ちを支えるのに必要不可欠なものなのです。そして「遊びの重要性」は生涯にわたって大切なものであることが様々な臨床場面においても語られています。

 クリドラタウンでは、子どもも大人も一緒になってとても楽しそうに活動していました。そして、保護者の皆さんが、口をそろえて「子どもたちはクリドラタウンに行くのを楽しみにしているんです」とお話されていたのが印象的でした。子どもは楽しいと自ら取り組み、生き生きと活動し、自信をつけていくものです。子どもが遊べるようになるためには、大人も一緒に遊んで、楽しんでいる姿を見せてあげるのが良いのではないでしょうか。大人の中の「遊べる心」も大切にすること。そのことを日々の臨床でも忘れずにいたいと改めて感じた一日でした。


<所沢クリドラタウンスタッフから>
 私たちは遊びを通して、集中力や身体コントロール力、創造性や表現力・コミュニケーション力が自然に身につくようなワークショップを行なっています。
お話しをしていただいた「“遊び”を遠ざけてしまうこだわり3つ」に対しては逆のアプローチを常に考えています。
・「言葉」については、感覚や身体に働きかける活動や非言語的なコミュニケーションを用いた活動を積極的に取り入れています。
・「完ぺき」については黒い素材だけで工作するなど、材料や時間に制限をかけています。制限があるから工夫する発想力が生まれるのです。そして出てきた発想を受け入れそれを更に膨らませるような声かけをしています。
・「一人で何でもできる」については、他の人が作った素材を使って作品を完成させたり、協力しないとできない活動を数多く入れたりしています。人の意見や作ったものと、自分の意見や作ったものが混じりあう面白さや、みんなで1つのものを造り上げるという体験を大事にしています。
 今回“遊び”の重要性を、臨床心理の言葉で説明されたことが、私たちの取り組みに裏付けをいただいたようで大変心強く思いました。ありがとうございます。
posted by MSCOスタッフ at 00:14| オフィス外での活動

2015年03月12日

「子どもの育ち」セミナー 〜発達障害児との接し方〜

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 子どもたちと、造形とドラマのワークショップ活動を行っている「所沢クリドラタウン」で「子どもの育ち」をテーマにお話をさせてもらう機会がありました。
様々な個性の子ども達と接する中で、その心理的特性を知る必要を感じているスタッフや保護者の方たちと意見や感想を述べ合いながらの、充実した2時間となりました。
 
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 発達に偏りがある、あるいは発達障害がある子どもの育ちを支えるには、まずその子のことを理解することが欠かせません。ここで大切なのは「障害について理解する」というよりは、「その子自身の困り感を理解する」ということです。

 自閉症スペクトラム傾向のある子どもたちは、もともと持っている感覚の過敏さや、変化に柔軟に適応することへの苦手さから、実は不安におびえる体験を日々積み重ねています。しかし、それをうまく伝えることができず「問題」とみなされる行動でそれを表現しています。

 注意欠陥多動性障害(ADHD)の傾向を持つ子どもたちは、「落ち着きがない」「後先考えない」行動特性のために、小さい頃からしかられたり注意される機会が多く、その結果として自信を失いやすくなっています。

学習障害(LD)をもつ子どもたちは、「まじめに勉強に取り組んでいない」と誤解され叱責を受けることが多く、学習への苦手意識を強く持っています。

 発達に偏りがあるということは、得意なことと苦手なことの差がとても大きいということでもあります。この差が大きいと、その子自身の良さが発揮されにくく、苦手さや問題行動が目立ち、そこばかり注目されてしまいます。しかし、「問題である」と言われる言動の背景には、必ずその子の困り感が隠れていると思うのです。
 
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 わからなかったことや、突然の変更や過度な感覚刺激など、本人の中の恒常性を乱されるような強い刺激があったとき、子どもたちはとても強い不安や恐怖、脅威を感じます。パニックになるのはそのためです。「いつもと同じであること」「慣れているパターン」は安心感をもたらすため、1つのことに強くこだわりを持つことがあります。
 「実はこの子は困っているんだ」という目で見ることで、その子の困り感が見えてきます。その困り感をどう解消するか、対処できるか、ということを考えていくことで、パニックになることを少しでも減らすことができます。

 特性の否定的な部分だけではなく、肯定的な部分にも着目することが大事だと思います。「落ち着きがない」というのはたいてい否定的なニュアンスを含みますが、「フットワークが軽い」というと、肯定的なとらえ方になります。

 「興味の幅が限定されている」というと否定的ですが、「みんなが知らないことを知っているものしり博士」ととらえることで、みんなから尊敬されることもあるのです。
 
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 発達に偏りがある子どもたちは、適切なやり方を知らないために不適切なパターンを繰り返しているのです。「ダメでしょ!」と叱るよりも、「こうするんだよ」と適切なやり方を教えてあげるほうが効果的です。

 そういった子どもたちの多くは、いわゆる“暗黙の了解”と言われているものを理解することがとても苦手です。「言わなくてもわかる」「見ればわかる」が通用しないことが多いのです。言葉でわかりやすく伝えたり、具体的に見本をみせてあげたりすることで、わかりやすくなります。

 この「わかりやすいこと」「感覚を過度に刺激するものがない状態」が、安全感や安心感をもたらします。充分な安心感を持つことができると、遊びの中で「楽しい」と感じることができたり、学びの中で「自分でできた」という達成感を持つことができるようになります。こうした体験が自信や自尊心につながります。
 
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 図のように充分な安全・安心が得られた上に自信・自尊心が培われます。そのような安定した状態で初めて、さまざまなスキルや知識を習得していくことができると思います。
 
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講演後に「発達に偏りがある子に限らず、全ての子に対しとるべき関わり方だと思いました」という感想をいただきました。特別な子に対しての特別な対応ではなく、誰にでも当てはまる基本的なアプローチだというという思いを新たにしました。
posted by MSCOスタッフ at 23:39| オフィス外での活動

2014年08月11日

自分を見つめる

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 私は小学校のスクールカウンセラーをしています。休み時間や相談の約束が入っているときは相談室にいるのですが、授業中は、教室に行って授業を受けている子どもたちの様子を見に行くという時間が結構多いのです。

 低学年(1、2年生)の多くは無邪気に迎え入れてくれます。しかし4年生くらいから、子どもたちの多くは、スクールカウンセラーが教室に入るや否や警戒の視線を向けてくるようになります。赴任したばかりの学校でも、すでに十分周知されている場合でも、それはあまり変わらないように思います。その視線は「私の何を見にきたの?」と詰問しているかのようです。

 4年生、10歳頃というのは、他者からの視線や評価に敏感になり始める年頃でもあります。それは、ちょうど自分というものへの意識(自己意識)が変化する時期でもあるからです。
自己意識は、自分が自分として主体的に生きていくためにとても大切なものです。10歳頃になると、自分について様々な側面から考えられるようになります。身体的な特徴や所有物といった『外面的』な特徴だけでなく、性格や対人関係の持ち方、過去と現在の比較など『内面的』な特性からも自分について語るようになっていきます。

 自分というものについて様々な側面から眺めるというのは、「自分を対象化すること」でもあります。自分を対象化して見ることを始めるこの時期は特に、否定的な側面が強調されて見えるようです。ちょうど中学生が、長い時間鏡とにらめっこして髪型を気にしているように。彼らには、髪の毛のほんのちょっとのハネも、居ても立っても居られない大きな問題のように感じられるのです。

 カウンセリングというのは、悩みや心の問題を通して、自分の心を対象化して眺める作業とも言えますが、自分の背中を自分で見ることが難しいように、自分の心を客観的に見るというのはなかなか難しいことです。それは、どうしても主観的なレンズを通して見ることになるからだろうと思います。髪の小さなハネが大問題のように感じられて仕方がないように、自分の心や、対人関係のあり方のある側面が強調されて見えてしまうことは自然に起こってきます。カウンセラーの役割というのは、主観的なレンズの色を中和するというか、主観的なレンズを通しては見えない視点を加えるというか、そんな風に言えるかもしれないと思うのです。

カウンセラーから見えてきたものと、自分の心を対象化して眺めてみたものとを、立体化させて、そこで新たに何が見えてくるのかを探す作業の連続、それがカウンセリングとでも言えるかもしれません。そこで見出されるものは、100%客観的な自分というよりは、どこか馴染みはあるけれど新たに発見された自分、とでも言うようなものかもしれません。
posted by MSCOスタッフ at 18:16| オフィス外での活動

2014年02月15日

ほめるって難しい

ほめる

 私は小学校のスクールカウンセラーもしています。子どもたちだけでなく、保護者の方の相談もお受けしています。
 保護者の方からは、「子どものこと、もっとほめないといけないんでしょうね・・・」と聞くことがよくあります。「ほめる」ということについて、ご自分でも日々気をつけていらっしゃったり、本などで読んだり、アドバイスされたことがあったりするのでしょう。しかし「ほめないといけないんですよね」とおっしゃるその言葉の裏には、「がんばってほめようとしてるけどうまくいかない」という切ない思いが感じられます。

 “言うは易し、行うは難し”それが『ほめる』です。『効果的なほめ方』をテーマに、保護者向けの研修会を開催することもあります。
「うちの子、ほめるようなことは何もしないんです」。そうおっしゃる方は少なくありません。そこで、「今できていて、これからも続けてほしいこと」「さらに増やしてほしい行動」といった『好ましい行動』がほめる対象になることをお伝えします。
 「ありがとうが言える」「連絡帳を見せる」「一度声かけしたら宿題にとりかかる」・・・ほんの些細なこと、当たり前のことでいいのです。

 当たり前のことでもほめる・・・そう聞くと、たいていの方が「そんなことでほめていいの?」と少し戸惑ったような表情になります。当たり前のことに「すごいね」と言うのにためらいがあるようです。
ここでもう一つ発想の転換をしてもらいます。『ほめる』というのを『保護者の方が子どもの好ましい行動に注目し、「いいな」思った気持ちを子どもに伝えること』ととらえてもらうのです。
 「すごいね」「えらいね」と言うのはもちろん、他にも「がんばれ」と励ます、「やってくれてありがとう」と感謝する、「今どんなことやってるのかな」と興味や関心を示す、といったことも含まれます。また「ごみを拾ってくれたんだ」と行動に気づいていることを伝えるだけでも十分です。「ニコっとする」「OKサインを出す」言葉以外の働きかけも効果抜群です。


 「何をほめるか」「どうやってほめるか」については、『ペアレント・トレーニング』の中の『好ましい行動』と『肯定的な注目』をベースにしてお話しています。
『ペアレント・トレーニング』は、アメリカで開始され、日本でも適用しやすいように作成されたプログラムです。10回のセッションをグループで実施するのが基本的なプログラムです。
 『ペアレント・トレーニング』では、子どもの『行動』に注目します。子どもは、自分が実際に行動したことについて注目されるので、ほめられていることについて実感が持てますし、そのことが『自信』につながります。

 理論的には『行動療法理論』に基づいていますが、子どもの行動修正に焦点づけしているというよりは、親子がよりよいコミュニケーションを持てるようになることに主眼を置いています。
 子どもはほめられてうれしくなり、ほめられたことを繰り返す→親はそれをほめる→ほめることが保護者もうれしくなり、子どもの好ましい行動にもっともっと注目するようになる・・・このように、よい循環が生まれていきます。

 『ほめる』ことから、親子がそれぞれ自信を取り戻し、穏やかで楽しい生活をおくれるようになるとよいですね。
posted by MSCOスタッフ at 23:11| オフィス外での活動

2013年12月28日

いいとこ探し

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 地域の子育て支援の一環として、幼児期の子どもを持つ保護者(主に母親)を対象とした親講座に関わっています。身近に育児のことを相談できる人がいない、日中は子どもと二人きりで過ごすなど、核家族化が進む中、今のお母さん達は孤立しやすい状況があります。そんなお母さん達に、育児の情報やノウハウを交換したり仲間を作る機会、「〜ちゃんのママ」でなく自分自身のことを考えてもらう時間を作り、自分らしい子育てをして欲しいという目的で、この講座は開催されています。
 数回で構成されるこの講座では子育ての情報や子どもについての悩み、ストレス解消法などについて、色々なワークを行ったり、グループで話し合ったりします。

 今回ご紹介したいのは、その中で毎回好評なワークの一つです。「自分自身について振り返る」というテーマの時に行うもので、私たちは「いいとこ探し」と名付けて実施しています。方法ですが、まず自分自身について短所だと思うことを紙に3つ書きます。次にその紙を隣の人と交換し、隣の人はそこに書かれている短所を長所の表現に変えて記入します。例えば、「心配性」は「細かな所によく気づく」、「飽きっぽい」は「好奇心旺盛。新しいことにチャレンジできる」、「気が弱い」は「周りの人を大切にする」というように書き換えることができます。書き終えたら、隣の人に返します。
 長所として書き換えられて戻って来た紙を見ると、みなさん照れたような笑顔になります。「自分では短所だと思っていたけれど、他の人からは違うように見えるのだと思った」「自分は自分でいいのだと思えた」「嬉しい」などの感想が返ってきます。「帰ったら、夫についてもしてみます」と話された参加者もいました。このワークを行うと、お互いを大事に思い合う雰囲気もグループに出てきて、一層お母さん同士のつながりが強くなるような気がします。

 実は、この「いいとこ探し」でしていることは、心理学の用語で言う「リフレーミング」というものです。リフレーミングとは、ある「枠組み(フレーム)」で捉えられている物事を枠組みをはずして、違う枠組みで見ることです。これは人の性格についてだけでなく、色々な場面でも応用できます。
 例えば、膨大な仕事の半分が終わったという時に、「半分しか終わっていない」と思うのと、「もう半分終わった」と思うのとでは、達成感やその後のモチベーションが変わってくるのではないでしょうか。
 また、自分に降りかかった試練を「自分を成長させてくれるチャンス」と捉えることができたら、前向きに対処しようという気持ちになれるでしょう。どんな状況でも活き活きと過ごせる人は、この考え方を上手に取り入れていると聞きます。物事を悪い方向から見やすくなっている時に、全く違った視点で問題を観察してみると、新たな見方や発見ができるかもしれません。
posted by MSCOスタッフ at 14:49| オフィス外での活動

2013年05月14日

クラフト 「お薬ポーチ」

クラフト

 中根は、月に1回、錦糸町クボタクリニック のデイケアのお手伝いに行っています。『ちょこっと手芸』と題して、参加者の方々に手芸を教える役回りです。ここは、駅から近い都会のビルなのに見晴らしが良くて日当たりのいい“工房”で、そして和気あいあいとした雰囲気が、ホントにいい感じ。
 ここで作った小物は手作り品として地域のお店で実際に販売するものです。ですが、ポイントは『ちょこっと』。いかに工程が少なく楽に作れるか。簡単な作り方で販売できる仕上がりにするのか。が大事なところなんです。
 写真は「お薬ポーチ」。最近の好評の作品。お薬を朝昼晩に分けて入れられるようにポケットが3つ。市販のファスナーポーチをセットしてあります。3つのポケットをパタパタと広げるタイプで、朝昼晩に服用するお薬が異なる場合に便利に使えるデザインです。もちろん、サプリメントを入れたり、カードケース、アクセサリーケースにしてもOK。イヤフォンやUSBなど細かいモノをまとめるのにも便利!

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作り方はこんなです。
(1))一枚の細長〜い布を、なか表でパタパタと折りたたんで帯状に。
  (この折りたたみ方がミソなんです…)
(2)ふたになる部分にヒモをはさんで、ぐるりとミシンをかける。
(3)返し口から裏返して、返し口を縫い止めます。
(4)市販のファスナーポーチをセットしたら、出来上がりです!

 おもしろいのは、折りたたんでなか表で縫うので、作っている本人にも裏返すまで出来上がりがわからないこと。裏返した時には、思わず「おぉ!」と声が上がる意外性のお楽しみ。折りたたんで裏地付きになる作り方は他にもあって、折りたたみ方を変えると、ティッシュポーチやブックカバー、鍋つかみ、トートバッグなども作りました。
posted by MSCOスタッフ at 23:19| オフィス外での活動