2014年03月24日

「雪かき」体験

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 2月は記録的な大雪で、関東ではかなり混乱がありました。私は辺鄙な地域に住んでいるので、普段は車で職場に向かうしか交通手段がないのですが、道も車も完全に埋もれてしまい、さらには近所の電線が切れて「ビビビビ・・・」とぶら下がっている等、ちょっと愕然とする風景でした。自然災害といっていいレベルだったと思いますが、東北の震災を思い出した方も多かったようで、カウンセリングの中でも「自分にとってどういう体験だったか」振り返る機会が多くありました。

 そこで興味深かったのは、学校・職場が急に休みになったりする非日常の中で行った「雪かき」が、とても印象的に体験されていたことでした。大きく分けると、1つには、「雪かき」という仕事がご近所さん、地域の方々と『共有』するものとして意識され、孤独感が和らぎ安心感を感じられたという方が何人かいらっしゃったこと。もう1つには、「雪かき」を通じて、生きている『実感』や『手応え』を体験された方が何人かいらっしゃったことです。

 前者のように周囲との連帯感を感じられ安心できた、という方は結構多いのではないでしょうか。私が勤務しているクリニックのデイケアでは、「いつもは近所の人の目が怖いけのだれど、「雪かき」をきっかけに声を掛け合える体験ができたことで、また自分が貢献できる感覚を直に味わうことで怖さがかなり薄くなった」と、とても生き生きと話しをされる方が複数いらっしゃいました。私自身も、駐車場から車を発掘しても幹線道路までの道のりは遠いので「明日の出勤も絶望的かなあ」と感じていた朝から、“地域の雪かきチーム”が自然発生し、声かけ合いながら見通しと希望も湧いてきて一日で開通するという“偉業”を共有できる機会を得られたので、よりしっくり感じられたのでした。非日常の感じ、“戦友”のようなある種の危機感を共有している感覚が関係性を強化して、「独りではない」という安心感を生んでいたようにも思われます。こうしたことはやはり、体験を通じてでないと湧いてこない感覚でしょう。

 生きる『実感』や『手応え』を感じたという後者の例では、文字通り手に雪の重みを感じながら、やっただけ成果が見える感じ、道が開けていく感じが体感としてわかる、というのが大きな要素であったようです。カウンセリングの中で『実感』『手応え』をテーマとして共有、意識されている方も多いのですが、「雪かき中に初めて『手応え』ってこういうことかな、とわかった」とおっしゃっていた方がおられたのが印象的でした。目に見えない『こころの仕事』として取り組んでいく中で、目に見えてわかる、身体感覚でわかる=『実感』『手応え』ということがどこか現実生活の中で補填されていかないと、やはり『こころの仕事』としても完成しないのだろうと思われます。

 カウンセリングは、はじめに『何の為に我々はカウンセリングとして会うのか?』を一緒に吟味させていただくことから始まります。まずは大雪の様に「何か大変なことを共有すること」で、絶望的とも思える感覚がまた違った視点で多面的に見えてきますし、「こころの仕事」に取りかかる見通しや意欲もわいてくるものだからです。
 
 また、なんとなく日常を過ごしてしまうと、自分にとっての大切な体験というものが目の前にあってもなかなか意識できなかったり、あっても薄れてしまったりすることはとても多いものだと思います。自分にとってのテーマを整理したり明らかにして、消化/昇華していきやすくするお手伝いをするものがカウンセリングというものなのだと改めて感じ入った大雪体験でした。
posted by MSCOスタッフ at 00:39| 心理エッセイ