2013年02月25日

季節とつきあう

冬

 寒い時期が続いていますが、最近のマスコミでは、「冬季うつ病」などの記事が目につきます。「季節性のうつ」には日照時間や胎内時計などの影響が指摘されていますが、寒いと動きたくない、なんとなく冬はイメージとして気が滅入るとか、年末年始にかけての疲れ、人恋しさや寂しさを切に感じる機会が多いなど、心理的な要因と身体的/生活的要因が絡まり合っていることも多く、あらためて人間はむずかしいものだな、と思ったりもします。

 毎シーズン同様の身体症状が出るなどという「季節性」の要因が強い場合は、「言葉にもならないおっくうな感じ」というものが出たりするので、これはなかなか力技ではいかないように思います。一方でさほど季節に影響なんか受けない、というタイプの方も勿論いっらしゃるのですが、そうした方からすると、「季節性のうつ」というのはどうも腑に落ちなかったりするようです。

 ながく調子を崩している方でも、本人も周囲も「冬だからといって、こんな覇気がなくてはダメだ」といったようなことを感じる方が多いように思われます。お酒や行事などの刺激をきっかけに、自ら鼓舞してみて動ける方ももちろんいらっしゃるとは思いますが、そこは季節的/身体的な要因も絡んでいますから、動けた場合でも後で反動が出て余計つらくなったり、あるいは焦ってしまって「動けない自分」を自分で責め続けて、ますます悪循環に嵌ってしまう、という例は珍しくありません。

 カウンセリングなどでよくよく「嵌ってしまうパターン」を訊いてみると、常に元気で明るくいなければいけないようなイメージがあるということはとても多く、根底には周囲の期待のようなものに応えなくてはいけないといった不安、切迫感が込められていることも珍しくありません。認知行動療法でいう自動思考、「〜すべき思考」といったものですが、理屈でわかっていたとしても、やはり根強くいつのまにか影響を受けているものなのだと思います。

 そんな中でも、意識のベクトルが外向きから内向きに変わると「冬はやはり冬だから、今勝負を無理に挑まなくてもいいのかな」「つらいときはつらいといっていいのかな」といった言葉がぽつりとささやかれたりすることがあります。善し悪しの価値判断ではなく、まずはありのままの「自分の気持ち/状態」に目がいって認められると、「なんかほっとする」のでしょう。そんな中から、「春を楽しみに待つことにしょう」といった余裕が生まれてくると、「冬には冬の過ごし方や楽しさがあるな」といった言葉が出てきたりして、その人の視界、「可能性」というのもまた広がっていくように思われます。

 かくいう私も、子どもの頃から冬嫌いで暖かくなるのを指折り待ち望んでいるクチですが、休みをインドアで過ごすというのにも飽きてくるので、「まあ、天気の良い日ぐらい身近にある季節に沿ったものを探そう」なんぞと思って、気が向けば冬でも散歩したりもするようにしています。今住んでいる場所はロウバイや梅の名所に近いことを知人に教えてもらったので、今度の休日にはのんびり自転車で出かけてみようなどと考えていますが、こんなのんびり調子の方が、疲れの回復具合はよいようです。
タグ:冬季うつ病
posted by MSCOスタッフ at 10:48| セルフメンタルケアのコツ