2012年08月15日

カウンセラーの臨床センスについて

フォルム

 先日、小グループでのケース研究会で、クライアントの話から主題をピックアップして、そこから治療的な対話を作っていく仕方について「嗅覚」や「センス」などの言い方をしました。
 なんだかこの言い方だと「ちゃんとした技術ではなく、無責任な会話の成り行きやカンみたいに聞こえたかしら?」とちょっと後味がすっきりしないことがありました。
 それがきっかけになって、クライアントの主観的世界の形やパターンやキーを読み取る それを治療的に扱う対話を作る際のカウンセラーの臨床センスの事を考えました。このテーマは多面的で大きなテーマだと思いますが、ここはいちカウンセラーとして日常臨床の実感から考えてみたいと思います。
 
 もちろんカウンセラーの臨床センスは成り行きやカンではなく、クライアントのパーソナリティや主訴の成り立ちを見立ててからの判断なわけです。フォーミュレーションですね。文字通り「フォーム」=「形」をとる作業だと思います。一見すると別々の話題に散在している部分部分を、拾い集めて、並べてみたり継いでみたり重ねてみたりして、似てる部分や関連や連動を探していく。そうして、クライアントの主観的世界の「形」を描きだし、その中に埋まっているパターンやキーワードを探し出すことです。
 この作業をすすめるには、ある程度、感受性や臨床センスといわれるものを使うんだと思います。けどこのセンスは、プロの仕事として訓練されたセンスでなければ「使える」ということにはなりません。これが大切です。このカウンセラーの臨床センスは、心理臨床の実践のテキストで人気のあるナンシー・マックウリアムズの『精神分析的心理療法』にある訓練された主観と、ほぼ同様のことを指しているつもりでもあります。

 いきなりですが、内田樹の『街場の文体論』からの引用です。
ものごとの本質をおおづかみにとらえて、核心的なところをつかみだして、それを適切な言葉でぴしりと言い当てることができることを 「説明する力」「写生する能力」といっています。これはカウンセラーが“クライアントの主観的世界の形やパターンやキーを読み取る”際の臨床センスとそっくりだ!と思うのです。
 さらに、内田は どうしてそういうことができるのかと興味ある問いを出しています。そして、村上春樹・橋本治・三島由紀夫を例にして 焦点距離の調整が自在だから ものごとを眺めるときに、どれくらい自由に視線を移動できるかなんだと言っています。
 なるほど!です。クライアントの主訴、過去や現在、家族との歴史や人間関係などのごく具体的な情報から、パーソナリティ全体を捉えたり、内容ひとつひとつにぐっと近づいて眺めたり、部分と部分がつながる法則から主観的世界の法則を見て取ったりする。そういう作業は、確かに空間的な感覚を使っている気がします。クライアントを読み取る時の焦点距離を巨視的にしたり微視的にしたり、できるだけスムーズで自由な視線の移動は、一点二点に留まった視線では見てとれないような姿を見ることになるだろうし、自然と発見的なものになるのだと思うわけです。
 
 さてそうなると、視線の移動をより自由にするにはどんな手立てがあるんだろうか、と考えたくなります。これもまた大きなテーマですが、手の届くところから考えて行こうと思っています。
posted by MSCOスタッフ at 11:54| カウンセリングとは