2016年11月10日

マインドフルネスで「感覚」を取り戻す

マインドフルネス

 先日、知人が「面白いから読んでみて」といって『バカ田大学講義録なのだ!』(文藝春秋社2016)という本を貸してくれました。赤塚不二夫の生誕80年企画として東京大学で開講された「バカ田大学」の講義内容を一冊の本にまとめたものです。
 各方面で活躍している方々が、様々な切り口で赤塚スピリットを語っていて、どの講義もとても面白いのですが、中でも養老孟司さんの講義内容は心理士として非常に興味深いものでした。

 「バカと天才の壁」というテーマの講義の中で、養老さんは、動物と人間の違いを「感覚」と「意識」という切り口で説明しています。
 動物のように「感覚」に依存して生きている生物は、「違い」の上で生きており、たとえば、教室に大勢の人がいると色いろな「違い」を感じてしまい怖くて逃げ出すだろうというのです。
 「意識」に依存して生きている人間は、違うものを「同じ」にする能力(「概念化」する力)を使い、知らない者同士とはいえ、そこにいるのはみんな同じ人間なので、受講者はみな「だいたいこの範囲におさまる行動をとるだろう」と想定し安心するわけです。
 しかし、「意識」ばかりを使っていると、「感覚」による「違い」がわかからなくなり世界は”ぐるぐる回し”になって出口が見えなくなってしまうのだそうです。

 養老さんの講義の結論は「感覚の復権」「感覚を取り戻そう」ということでした。最近、心理学の世界では、「マインドフルネス」という心理療法が注目されていますが、それはまさに養老さんのおっしゃる「感覚の復権」を目指すものではないかと膝を打つ思いがしました。注目を集めているのが、心理の世界だけなくビジネス界でも、というのが面白いところであり、また納得させられるところでもあります。現代に生きる誰もが、肥大化した意識に圧迫されて息苦しい思いをしているのではないでしょうか。

 私は、マインドフルネスの技法のひとつである「ボディスキャン」を自分のカウンセリングの中に取り入れているのですが(仰臥位ではないので厳密には技法とは違うのですが)、身体の「感覚」ひとつひとつに注目してみると、いかに私たちの感覚が多様で、また頼りないものであるかがよくわかります。養老さんが、「意識は増幅装置だ」という言い方をしていますが、私たちは、音や匂い、痛みや痒みなど、いろいろなものが入り混じった状態である生の「感覚」をそのまま感じるということが苦手で、「意識」を使うことでその混沌とした「感覚」の一部を増幅し自分の中に収めやすいように意味のあるものとして整理しようとするようです。

 「感じる」ということは、今この瞬間の自分自身の状態に気づくということです。「感じて気づくこと」が、実は気持ちを楽にし、大きな安心感を得ることにつながるのです。マインドフルネスでは、自分の呼吸に注目する瞑想や歩行瞑想、食べる瞑想、ボディスキャンなどを通じて、「今この瞬間の感覚」をそのまま感じることを目指します。不安感が起きたり否定的な考え方が浮かんでも、それをなくそうとすることはしません。養老さんの言葉を借りれば、意識で増幅せずあるがままを受け入れるということです。あるがままに「感じて気づくこと」で問題解決の糸口が見えてくることもあります。頭で考えずに「感覚」を通してしっかりと自分を感じることで得られる心の変化をカウンセリングの中で確かめてみてはどうでしょうか?
posted by MSCOスタッフ at 14:15| マインドフルネス