2014年08月11日

自分を見つめる

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 私は小学校のスクールカウンセラーをしています。休み時間や相談の約束が入っているときは相談室にいるのですが、授業中は、教室に行って授業を受けている子どもたちの様子を見に行くという時間が結構多いのです。

 低学年(1、2年生)の多くは無邪気に迎え入れてくれます。しかし4年生くらいから、子どもたちの多くは、スクールカウンセラーが教室に入るや否や警戒の視線を向けてくるようになります。赴任したばかりの学校でも、すでに十分周知されている場合でも、それはあまり変わらないように思います。その視線は「私の何を見にきたの?」と詰問しているかのようです。

 4年生、10歳頃というのは、他者からの視線や評価に敏感になり始める年頃でもあります。それは、ちょうど自分というものへの意識(自己意識)が変化する時期でもあるからです。
自己意識は、自分が自分として主体的に生きていくためにとても大切なものです。10歳頃になると、自分について様々な側面から考えられるようになります。身体的な特徴や所有物といった『外面的』な特徴だけでなく、性格や対人関係の持ち方、過去と現在の比較など『内面的』な特性からも自分について語るようになっていきます。

 自分というものについて様々な側面から眺めるというのは、「自分を対象化すること」でもあります。自分を対象化して見ることを始めるこの時期は特に、否定的な側面が強調されて見えるようです。ちょうど中学生が、長い時間鏡とにらめっこして髪型を気にしているように。彼らには、髪の毛のほんのちょっとのハネも、居ても立っても居られない大きな問題のように感じられるのです。

 カウンセリングというのは、悩みや心の問題を通して、自分の心を対象化して眺める作業とも言えますが、自分の背中を自分で見ることが難しいように、自分の心を客観的に見るというのはなかなか難しいことです。それは、どうしても主観的なレンズを通して見ることになるからだろうと思います。髪の小さなハネが大問題のように感じられて仕方がないように、自分の心や、対人関係のあり方のある側面が強調されて見えてしまうことは自然に起こってきます。カウンセラーの役割というのは、主観的なレンズの色を中和するというか、主観的なレンズを通しては見えない視点を加えるというか、そんな風に言えるかもしれないと思うのです。

カウンセラーから見えてきたものと、自分の心を対象化して眺めてみたものとを、立体化させて、そこで新たに何が見えてくるのかを探す作業の連続、それがカウンセリングとでも言えるかもしれません。そこで見出されるものは、100%客観的な自分というよりは、どこか馴染みはあるけれど新たに発見された自分、とでも言うようなものかもしれません。
posted by MSCOスタッフ at 18:16| オフィス外での活動