2017年03月29日

自立の季節

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 最近耳にするラジオCMで、転勤族になった息子が家を出ることになったことを話す場面での父親との、面白いやり取りがありました。「俺は転勤族になるんだよ!」「そんな奴は出てイケー!」息子は「出て行ってやるよ!盆と正月とGW以外、帰ってこねーからなー!」聞いてるこちらが「ちゃんと帰ってくるんだ」と突っ込みたくなるオチ。家族の絆は結ばれています。お互い突き放すようなケンカ腰の物言いがそっくりな父親と息子。

 また、某マンガの1シーンですが、こんな自立もあります。駅のホームで心配そうな両親や家族に見送られる少女。心の中では、故郷の景色全部を軽々と肩にのせる巨人のような自分をイメージして電車に乗り込みます。心細さから逆に自分を大きくとらえ、同時に自分を育んでくれた環境と人とをどれだけ大事に思っているかが、読者に伝わります。

 「自立」を検索すると“自分以外のものの助けなしで、または支配を受けずに自分の力で物事をやっていくこと”とあります。子ども時代に育ててくれた人から離れて独り立ちしていくことです。

 人は感受性も柔らかく可塑性も高い子ども時代に親や近しい人からの影響をスポンジのように吸収し、粘土のように型どり、たたき台にしていきます。成長するにつれて、それらを咀嚼したり消化したりしながら、自分の身になじんだものとしていきます。そうして、親の影響を取り入れたり手放したりしながら自由に自分独自のものを作っていく過程があって、自立は進んでいきます。

 ただ、時に気付かないうちに親から取り入れた価値観や志向を咀嚼し消化しないまま、自分本来の感受性や志向とミックスさせずに無理に丸飲みしてしまっている場合があります。そうすると、自己否定の気持ちが芽生えてきます。自分で自分を認めることが難しくなってしまうのです。消化して自分のものにしたのか、親の複製になってしまったのかわからなくなってしまう場合もあります。これではいくら形だけ親から離れても自立ではありません。

 もし、自分を認められない感覚が身についてしまっているなら、いったん立ち止まって自分に向き合うことが大事です。親から取り入れたものを咀嚼し消化しないまま子ども時代のように丸飲みのままになっていないか、吟味することが必要です。そうすることで、親のものや子ども時代のものが自分の中に居座っていることに気付くことになるでしょう。

 それらが自己否定感を生み出すものとなっているなら、それを手放して今の自分自身を感じること、そして親をひとりの人として認めること。それが、自立の道を進むことを後押ししてくれることになるのではないかと思います。

 冒頭のラジオCMの父親とそっくりなケンカ腰の息子は、実家を出ることで父親と離れ自分の父親譲りのところに気付くことで、さらに自立が進むかもしれません。また、マンガの少女は肩にのせた故郷の景色を慈しみながらもこれから進む景色に目を向けていくことで、等身大の自分を認めていくことになるのかもしれません。

タグ:自立
posted by MSCOスタッフ at 22:29| 心理エッセイ