2016年05月26日

ネガティブな感情体験とどう向き合うか

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 私はスクールカウンセラーとして小学校に勤務しています。休み時間の相談室には「相談」というわけではなく、なんとなくおしゃべりをしに来る、という子が意外と多いのです。
 他愛ないおしゃべりの中に、子どもの怪我の話があります。包帯や湿布を貼っていると、思わず「どうしたの?」とこちらから聞いてしまうからです。 「転んでぶつけた」。「サッカーの練習でほかの子とぶつかって」。「切っちゃったの、図工に時間に」等など。怪我の理由はさまざま。スクールカウンセラーが、痛みを想像して思わず眉をひそめて「痛そう」と言うと、なぜか少しうれしそうな顔をする子もいます。

 「痛い話」を聞きながらスクールカウンセラーが「痛そうな顔」をするほど、子どもたちは楽しそうになるのです。こちらは話から痛みを想像してしまい、大変な思いなのですが。子どもたちは、自分の話にスクールカウンセラーが反応してくれるのが楽しいのでしょうか。痛みを分かってもらえたと感じる部分もあるのでしょうか。スクールカウンセラーは、話を聞いて想像しながら、自然にその痛みやつらさに共感しようとしていたのだと思います。

 痛みに限らず、ネガティブな体験をしたとき、子どもがそれを乗り越えていくには、共感してくれる大人の存在が不可欠です。痛みやつらさを一緒になって味わってくれる大人の存在、「わかってもらえた」という体験を通して、子どもは安心感を得ることができ、つらい体験を乗り越えていけるのです。
  「痛いの痛いの飛んでけ!」 怪我をして痛がっているときによく言われるこのフレーズは、「痛みがそこにある」という前提です。このフレーズを大人が言ってあげることに効果があるのは、その痛みを一緒に味わってもらった上での「飛んでけ!」(乗り越える、我慢できる)というプロセスを意味しているからです。

 痛みを感じているときに「大丈夫!」と声をかけることがあります。元気づけるためや、痛みに対する耐性を育てるためです。しかし「大丈夫!」という声かけは、励ましになるのですが、痛みやつらさの存在を否定するニュアンスも含んでいるところがあるので、要注意です。言い換えると、子どもが体験している痛みやつらさの持っていき場を失ってしまう可能性も含んでいます。「痛かったよね」「怖かったよね」「悔しかったよね」。ネガティブな体験の存在をきちんと受け止めてあげた上で「大丈夫!」と言ってあげることによって、子どもの中のネガティブな体験を乗り越える力を育てていくことができます。

 子どもが感情を調整したり、感情に対する耐性を身につけていくためには、子どもが自分自身の感情の状態を知ることが必要ですが、そのためには、大人が『心』を使って、子どもの心の状態を推し量り、それを照らし返してあげるという過程がとても大切なのです。
posted by MSCOスタッフ at 22:11| オフィス外での活動